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2021年4月9日金曜日

リハビリ・ハイキング(栃木・晃石山、桜峠山歩き)

 桜が咲き終るまでが寒暖の分かれ目とはよくいったもので桜が散り始めたとたん上着を脱いでも快適な季節となった。

昨年の12月から2月にかけて体調を崩してひどい目にあい体重も5~6kgも激減し相変わらず今でも喉に違和感があり体調がイマイチだ。

それでもゴルフがラウンド出来るまでに体調が回復した。


桜も咲き揃いようやく寒さも遠のいたようだ。さあ、近隣の里山にでも行って本格登山に備えて基礎体力を1から鍛え直しだ。

栃木市に大平山~晃石山~馬不入山の尾根歩きができる格好のハイキングコースがある。

登山道がよく整備されているので歩きやすく眺望も抜群だ。ゆえに家族連れや中高年ハイカーに人気が高い。

今頃は尾根道に桜・山ツツジが咲き誇っているに違いない。

晃石山と馬不入山の鞍部(低いところ)に桜峠という洒落た名前の峠がある。文字通りその付近は山桜の群落がある。そこに行ってみようではないか。

ザックにいつものようにヤッケ・雨具・携帯コンロ・昼食を放り込んで4月3日(土)家を出た。草花が咲いていることを期待して重いけれど愛用?のデジタルニコン一眼も持っていこう。

JR大平下駅を8時25分に到着、鉄道模型にあるような小さな無人駅だ。駅を出たら右の道を進むとほどなく踏切が見える。

そこを越して道なりにゆくと倉庫のようなものが見え、自販機が置いてある。ペットボトルが¥110から、安っ!この先に自販機はないのでここで飲み物を補給するとよい。

道が二股に分かれるので右に取ってのんびりと歩く。お日様がまぶしい、良い天気だ。歩けることのありがたさを神様に感謝・感謝だなあ。ん、丈夫に産んでくれたお袋さまに感謝かなあ。

前方に今日登る山々がデーンと待ち構えている。右はじのぐみの木峠に登りそこから左側の尾根道をひたすら登り晃石山まで行く予定だ。ふえ~あそこまで登るのか、大丈夫かな~、一抹の不安がよぎる。まあ疲れたら引き返せばいいや。心の奥のサボろうくんが頭をもたげてきた。

小一時間も歩いたろうか、大中寺の門前にある大池に到着。

やあ、桜が満開だ。菜の花も綺麗だなあ。これで今日の出かけ甲斐があったと言うもんだ。大中寺周辺を撮影して山登らず帰ろうかな・・またまたサボローくんが囁きかける。


今から登る晃石山が菜の花越しに間近く見える。晃石山への直登の道もあるが(既に歩いたことがある)今日は大中寺の境内を通ってぐみの木峠に上がり其処から尾根伝いに登頂しよう。

大中寺の山門です。いつ来ても重々しい雰囲気があります。さすがは禅寺です。
門の右側になにやら石碑が!不許葷酒入山門と書いてあります。くんしゅさんもんにいるをゆるさず。葷(くん)は、にら・ねぎ・にんにくと言った香りの強い野菜・・つまり精力剤ですなあ。さらに酒を持ち込んではならない。との戒めが書いてあります。修行僧は辛いのう。

一方でお酒を般若湯、卵を御所車とごまかして持ち込んでいるようです。般若湯は薬として少量を嗜むのは良しとしているようです。なあんだ、しっかり陰で飲んでるじゃん。

日本一厳しい修行で有名な永平寺の修行僧は今はともかく栄養学の知識に乏しかった頃は蛋白不足で短命だったそうです。

そりゃあ、修行と称してきつい労働強いられるのに毎日お粥とたくあん数切れではもたないよなあ。

修行を終え高僧になると内緒で色々食べられるようになるので皆さん長寿だそうな。
毎日、般若湯呑んで、山くじら(猪)のすき焼きに御所車掛けて食い放題。これじゃあ元気にもなるわい。(あくまで山爺の私見です)

御所車の意味?中に君(黄身)がおわしますの洒落です。

境内は山桜・しだれ桜が満開です。お堂の横には夏みかん?も実ってます。
ここ大中寺には有名な『大中寺の7不思議』という話が伝承されています。7不思議の内容については去年訪問時にブログで述べていますが、根無し藤だけ現場を未確認だったので今回確認をしました。
本堂の左側に回り込むと墓地が見えます。その一角にそれは解説板付きでありました。よく考えたら藤の木は挿し木できるから不思議でも何でもないけれどねえ。右画像が根無し藤の画像です。根無し藤、デカっ!

さて、いよいよ山道へ。境内の左側にぐみの木峠に続く山道があります。小さな沢沿いのなだらかな山道をのんびり歩く。沢の流れる音が心地よい。山中いたるところで山桜が咲いており桜吹雪が頭上から降り注いでます。こんな贅沢な山歩きは滅多にありません。

山道の傍らにすみれの仲間が咲いてます。(後に調べたらタチツボスミレだったようです)山中に山吹も咲いてましたが薮が邪魔して近づけない、望遠でパチリ。うまく撮れませんでした。

小一時間も歩くとぐみの木峠に到着です。ハイカーが多数休んでました。形通りの挨拶を交わして傍らのベンチに座り大休止です。アンパン食べてペットボトルで水分補給をする。
いい気分で休んでいると、どすどすと無粋な音を立てて大平山方面から晃石山方面へ走り去る輩がいます。ムーディ勝山ではないが、『♫何かが、何かが右からやってくる~。それを僕は左に受け流すぅ~っ』て、洒落にならないゾ。

トレイルランニングとかやらの無礼極まりない種族です。

奥多摩の山々は彼らに占領されて情緒もへちまもなくなりましたが、とうとう我が故郷の神聖な山にも無粋で無礼極まりない輩が現れたか、情けない世の中になったものだ。

頼むから駆けっこは里に降りてやってくれたまい。なんでわざわざ高いところに上がってまで静寂をぶち壊しに来るんだろう。理解に苦しむなあ。尾根道には山ツツジが旬を迎え、いたるところに咲いてます。



しかし彼らはせっかくの花に目もくれず、ひたすらどすどすと山ん中を走り回ります。山中の暴走族といっても言いすぎじゃあないだろう。

上図のように良く整備された山道がアダになってしまったのかなあ。確かに走りやすい尾根道ではあります。

晃石山の登りの途中のビューポイントで筑波山が秀麗な姿で見えました。トレイルランナーはこのような景色なぞに感動することもなく、ドタドタと靴音高く走り回る、まったく嫌になっちゃう。

晃石山の手前にパラグライダーの離陸場所があります。これがまたビューポイント(離陸するんだから見通しがよいのは当たり前か?(^ω^))です。すでに5~6名が離陸準備をしていました。


11時すぎに晃石山山頂に到着です。山頂には鳥居と小さな祠があり周りにはベンチが4~5箇所ありますが、土曜日で晴天とくればハイカーで満席、それぞれがお弁当を広げて昼食タイム中です。単独者の山爺など座る余地がありません。

頂上直下にある晃石神社ならベンチが空いてるかな?という訳で祠にお参りを済ませるとさっさと下山開始。

5分も下ると晃石神社です。ありゃあ~ここもベンチが満席です。皆さん楽しそうに昼食をほおばってます。

こうなると単独者は肩身が狭い。神社にお賽銭を放り込み家内安全を祈願して次なる休憩ポイント桜峠へと急ぐ。それにしても腹が減ったなあ。

途中に青入山と呼ぶ小ピークがありベンチがひとつありましたが当然おばちゃんパーティで塞がってます。大きな声でマスクも付けづに談笑中、おいおい3密は避けなあ、あかんえ。と心で問いかける。

ここから桜峠へは名物の急坂を下ります。頑丈な手すりが設けてあるので安全なのですが、その長いこと、長いこと。逆コースは絶対に避けるべきです。腹ペコ状態では。下りでもいい加減疲れます。

途中でまたすみれ科の花を見つけました。先に見たのと同じ仲間かな?更にはコブシの花も咲いてます。ヤマツツジも次々と現れ、疲れと空腹を忘れさせてくれます。
12時ちょい過ぎに桜峠に到着しました。ここでもハイカー達でいっぱいですが東屋がありベンチの数も多いので幸いちらほら空席があります。急ぎ1席を確保し荷下ろし、撮影を開始する。山桜は明石家さんまのように歯が先に出るので(もとい葉

が先にでる)派手ではありませんが峠の周りは山桜でいっぱいで風が吹くたびに桜吹雪が舞い込みます。


桜峠の由緒書きの看板がありますが小田原合戦時敗軍の将、だから皆川氏勢?がこの峠に宝物を埋めたとかなんとか、とまれこの峠は栃木・佐野方面から葛生に抜ける交通の要所だったことは間違いなく故に桜が植えられたのでしょう。
峠からの葛生方面は開けており眺望は抜群です。いたるところに山桜が咲いており桜峠の名にふさわしい情景が展開してます。
写真撮影も一段落したのでさて、昼食だわい。携帯コンロを取り出し素早くお湯を沸かす。足利両崖山の火災があったばかりなのでちょいと気にしながら着火したが別に視線は感じられない、よかった。


すぐ横に紅白桃という花が満開でそれを愛でながらミルクセーキとジャムパンを頬張る。野外で食べると本当に旨さ数倍だなあ。
腹も膨れたのでさて次の行程に移ろう。まだ1時前だ、このまま馬不入山経由で岩船方面に出るか、無理せずここから下山して清水寺経由で大平下に戻るかしばし思案する。

まあ、病み上がりだし無理は禁物、ここから下山して清水寺を散策、林道(車道)沿いに大中寺まで戻り大平下駅に戻ることにした。下山道も桜の絨毯だ。下りは早い、30分も歩くとガードレールのある車道に出た。ここを左に取れば清水寺だ。

傍らに紫色の花の群落を見つけた。オオムラセイトウという草花で中国が原産で江戸時代に観賞用として輸入、その後野生化
し本州の野山で見られます。さすがは中国、しつこく我が国に根付いたもんだ。

ガードレールの下にモクレンの花が咲いてました。
車道を歩くこと5~6分もすると清水寺に到着です。いきなり菜の花としだれ桜がどーんと出迎えてくれました。綺麗だなあ~。誰だこんなところにバイクを停める奴は、無神経も甚だしい奴だ。せっかくの景観が台無しではないか。


お寺の駐車場周辺はしだれ桜と菜の花の共演です。ご覧あれ。

お堂にしだれ桜、よく似合うこと。
お寺からの景観も誠に良い眺めです。この山選んで大正解でした。

今回の山歩きはここが終点です。

帰路はここからJR岩船駅に出るか大平下駅に出るかだが、どちらに行くにせよ1時間30分は有にかかる。
大平下に出たほうが近いようだし待ち時間によっては15分先の東武新大平下から帰ることも出来るのでこちらをチョイス。

何しろこの時間帯のJR両毛線と来たら1時間に1本だ。乗り逃がしたら最悪1時間近く待たなければならないので岩船駅はその点不利だ。何もない駅前で1時間待つのは何とも情けない。

林道(車道)を左に取って一路大中寺方面へ歩き出す。老骨に鞭打ち、頑張んべえ。
3時10分大平下駅到着、3時18分発の電車に乗ることが出来ました。

家に帰り歩いた歩数を確認したら2万8千歩、頑張ったなあ。・・翌日から二日間は全身痛で唸ってました。

【狂歌】
・三密を避けて 山入り 休憩で 口角泡のおばさま連
【川柳】
・3密も コロナも知らず 桜咲く
・山門の 葷酒に似たり コロナ自粛

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2021年4月1日木曜日

21年度首都圏孔球親睦会開催記

 コロナめの猛威が一向に収まらない。今、我々はもしかするとスペイン風邪が流行った頃のように歴史的な事象の渦中にいるのかもしれない。

もう一年以上も自粛だの規制だの緊急事態だのうんざりするような毎日が続く。本来人間も含め生物は体を動かしてなんぼの生き物だ。こんな状態が続いたらコロナ感染しなくても身体が退化してしまう。

そんな憂さを晴らすべく我が首都圏孔球親睦会を21年度も活動を続けることとし、その開幕戦を例年通り3月に実施した。

会場は佐野ゴルフクラブ駒コースである。コロナのさなかではあるが7名の方々がエントリーしてくれた。ロビーで3ヶ月ぶりの再会を果たす。

まずはOUTのスタートホールで早咲きの桜をバックに記念撮影。密を避けて気持ち各人離れてパチリ。

本日はOUT9:31と9:38のスタートである。先発は埼玉中央区のTAさん・埼玉東北区HAさん・さいたま区のYAさん・そして山爺

後発は東京区のKAさん・埼玉中央区SEさん・埼玉南区のIさんである。



久々のコンペなので皆さん気合が入っており、KAさん桜をバックに黙々とスイングチェックです。

万年幹事の山爺はいつもは後発に回るのですが、たまには先発で周りたい、という事で今日は先発組です。


OUTの№1hは419y Par5、短いロングながら右ドッグで油断ならない。右に打つと確実に1打は損をしてしまいます。

朝イチに打った山爺の打球は、まずまずの当たりながら球の行方は行ってはいけない右方向へ・・で、山裾にドスンと着陸、あちゃ~。

何とか5オンしたもののグリーンの端っこ。3パットでいきなりトリプルボギースタートとなりましたとさ。とほほのほ~。

その後も不完全燃焼が続いてくすぶり続けてダボ行進の連続。終わってみれば56・・終わった。まあ病み上がりで体調は極めて悪いからこんなもんだと自らを慰める。

後半もダボ行進でたまにトリプルを叩くという誠に冴えない状態が続く。なんか雲の上でふわふわとした感覚でのプレーに終始、明らかに運動不足の報いでしょう。

皆様の成績は次のとおりですが黙々スイングチェックに励んでいた東京地区のKAさんが前半驚異の42で周りハンデ重(15)にも関わらず2位に5打も差をつけて見事優勝を果たしました。


KAさん次回ハンディは20です。
『人の一生は重荷を背負うて遠き道を行くが如し』
と家康さんも申しております。KAさん益々のご検討をお祈りいたします。あんだって!検討の字が違う?これでいいのだ。洒落じゃよ、洒落。わからんかねえ、君ぃ。(^ω^)

さて、ハンディ20とはどんな実力なのでしょうか。

【山爺の一言メモ】
ゴルフハンディには大別するとオフィシャルとプライベートの二通りがあります。ここで述べるハンディは世間一般で流通しているプライベートハンディのことで規定打数のPar72に対し最大で+36打まで認められます。つまりラウンド108でハーフに直すと54です。54以上叩く人は本来ラウンドしてはいけないのです。(冗談)あちゃ~山爺は失格だあ~。
我が首都圏孔球親睦会で採用しているハンディは山爺が独自に考案したハンディ方式であります。叩いた打数(グロス)に手持ちのハンディを足したもので競技を争います。

108-20=88、 ハーフに直すと44、KAさんのハンディは適正評価です。大丈夫、まだまだ優勝のチャンスはあります。

山爺は108-4=104 ハーフで52。おお、頑張れば山爺にもチャンスがあるではないか!次回頑張んべえ。

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2021年1月7日木曜日

年頭ご挨拶および20年度首都圏孔球親睦会最終戦報告

 みなさま、新年あけましておめでとうございます。今年もコロナ渦で大変な年となりそうですですが不要不急で密な会合は極力避けて、自重・自粛でご自愛のほどお願い申し上げます。

体調がすぐれずブログ執筆に力が入らないでおります。

古新聞となりましたが20年度首都圏孔球親睦会の最終戦の結果をご報告いたします。

12月5日(土)わが首都圏孔球親睦会主催の第38回大会が催行された。20年度の〆の最終戦、会場は野田市パブリックG場ひばりコースだ。当コースは19年度の水害で冠水してしまい2年ぶりのプレーとなる。

ここは、山爺ほか多くのメンバーの元勤務地の近隣なのでエントリーが多かろうと3組予約したが参加者は9名にとどまった。とりわけ地元の4名の方々がいずれも不参加となったのは誠に残念だ。ここで開催した意味合いが薄れてしまった。

当日の天気予報は曇り時々小雨の悪天候に加え気温は5℃と最悪のコンデション。しかし参加された方々はいずれも元気ハツラツでスタート前の調整に余念がない。

今日のスタートはIN8:45からだ。

先発組は東京地区のKAさん、埼玉県南地区Iさん、埼玉中央地区SEさんだ。


次発が埼玉中央地区のTAさん、さいたま地区のKOさん、埼玉東北地区のHAさん。



最終組がさいたま地区YAさん、埼玉中央区のNUさん、そして山爺。


最終戦を迎えるにあたっては山爺は秘策を2件ほど準備して臨んだ。

秘策その1

冬場の寒冷でのプレーを考慮した電気ベストの購入

ベストに電熱ヒータが組み込まれており通電すると誠に暖かい。電源はスマホのバッテリーを使用し弱運転だと6~8時間の連続運転が可能とのふれこみ。ベストとバッテリーは別売りで〆て3千円ちょいで購入

秘策その2

新兵器チッパーの購入

ゴルフクラブの中にチッパーという代物がある。形状はパターそのものだがロフト(仰角)がついている。スイングはパターと同じながらグリーン周りからの寄せに重宝?するものだ。

中級以上のプレーヤーは、小馬鹿にして使わない弱者用のクラブだが女子プロの横峯さくらが使って話題になったこともある。

冬場のグリーン周りは固くてアイアンが跳ね返り易くなりヘボは大怪我をすることが多々ある。このクラブならその失敗から解放されるのではと期待しての購入だ。もちろん入手先はヤフーオークション。本体¥1000+送料は¥1600。

さて電熱ベストを着込んでコースへ向かう。皆に自慢をしようとベストを披露すると同じようなものを着込んでいる人がいた。東京地区のKAさんだ。これで山爺の自慢しいのネタがやや薄れてしまったが背中と首周りにヒーターがあるので実に暖かい。こりゃあいいわい。寒いのは両腕だけで快調にプレーが出来そうだ。

さて我々のスタートである。一番手のYAさん、力まず素直なスイングで球は真っ直ぐ飛んでいった。2番手はNUさん、これも順調、さて山爺はというとやや右ながらまずまずの1打であった。

山爺の2打目、寒いので身体が硬い(嘘つけ加齢からだろう)ここは5Wで慎重に2打目を運ぶ。3打目はPWで打つもショート。結局ダボでホールアウト。まあ、スタートでダボなら上出来さ。

続く11番ホールは316Y Par4 山爺の打球は左に引っ掛けミスショット。寒いからだと自分にい言い聞かせる。2打目は右はじにすっ飛んでいった。3打目はショート。4打目はグリーンオーバー

さあ、チッパーの出番だ。ピンそば寄せを期待するもチョロに近い球筋でグリーンに届かず。6打目も芝の下にクラブが入って中途半端にON。カップまで7~8mもある。

無心で打った球はスルスルと走って1パットでカップイン。チッパーのミスショットが幸いして早くも竿1商品ゲット。

それにしても新兵器のチッパーは使いにくいったらありゃしない。ダメだ~こりゃ。

野田はスループレイなので昼食タイムがない。普段の日ならとっととプレーが出来るので望むところなのだが今日のような寒空の下で食べるB級軽食のおにぎり・稲荷寿司は辛いなあ。

第38回の成績は下表のとおりですがTAさんが八洲大会に引き続き連続優勝の快挙を成し遂げ数多くの賞品をゲット、にこにこ顔で帰って行きました。

TAさんハンディ頭、到達おめでとうございます。次回大会キツイぞお!

山爺も竿1が4回、ニアピン1でまずまずの賞品を持ち帰ることができ、家族に面目が立つというものです。

電気ベストはラウンド最後のホールで電池切れとなりましたが5時間近く我が身を守ってくれました。お陰で寒さ知らず??これはこれで素晴らしいものを手に入れました。

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2021年1月3日日曜日

山爺闘病記 Ⅱ

こうして重篤な喉の痛みは治まり食物・飲み物嚥下は出来るようになったが相変わらず喉の奥に違和感・痛みがあり治らない。飲み込んだ後の食後感というか、全ての物が不味く感じられて食欲がまるでなくなった。

そのうちしゃっくりがで出して止まらなくなって来た。3日間は我慢したがそれも限界。15日(火)再び行きつけの医院を訪れた。また外での対応だ。
『先生、喉の違和感で食欲がまったくなく味覚がおかしい』
『味覚障害!、だめだ、コロナ症状が出た以上ウチでは診療できない』
『味はわかるのですが、飲み込むとき不味い感覚・・』・・味覚障害なんて言ったつもりはないのだが迂闊な発言をしてしまった。
『保健所に自分で相談して指示を仰いでください。総合病院でPCR検査を受ける・・そういう決まりになってます』・・・けんもほろろ。
『この間、陰性だったけど・・・』
『あれは抗原検査で精度が低い、症状が出たならPCR検査が必要』・・取り付く島がない。診療を断られてしまった。

家にすごすご帰り保健所に連絡。この時点ではまさかその後に矢継ぎ早に起きる悲劇を知る由もない。

保健所に連絡し状況を説明。
『症状からするとコロナ感染の恐れは低いので一度専門医院(耳鼻咽喉科)に見てもらうことをお勧めします』とのアドバイス。

さっそくその日のうちに市内の耳鼻咽喉科を訪れる。鼻からスコープを入れて喉を観察。
『喉の腫れは引いているようですが白い残渣があるのが気がかり、紹介状を書くので総合病院で診察してもらってください。』
『先生、喉の痛みというより右下顎奥から喉にかけて痛いのですが』
外から首から喉にかけて触診して
『特段腫れてはいないようです』・・・人の言うことに耳貸さない。

翌16日(水)隣のG県にあるT市の総合病院へ紹介状を携えはるばる受診。
ここでも抗原検査をされたが結果は陰性、結果が出るまで薄ら寒い人気のない病院隅で1時間以上の待機をさせられる。

鼻腔からスコープを入れられ組織の一部を採取して診療は終わり。
『あのお、喉というより右下顎の奥が痛いのですが・・・』と訴えるも、この先生も人の言うことに耳貸さない。外から手で耳周りを触診して
『特段、腫れてはいないようです、来週分析結果が出るので来てください』・・・消炎薬とうがい薬を処方でこの日は終わり。

もう5~6日も食事らしい食事をしていない。徐々に体に変化が起きてきた。
夜間身体が温まるとしゃっくりがひどくなり、さらに横隔膜が5~6秒痙攣する。その間は息ができない。さらに胃から突き上げるような嗚咽感が、・・・毎日まったく眠れない日が続いた。
12月18日(金)再び市内の同じ耳鼻咽喉科を受診。
『しゃっくりと嗚咽がひどいのですが』・・・
『喉の痛みとしゃっくりの関連性は低いです。紹介状を書くので市内の総合病院に行ってください』・・・また、紹介状?ここは病院紹介所か!何を考えているのだ、この医者は!!

『喉というより右下顎奥が痛いのですが』と訴えるが人の話にまったく耳を貸さない。手で触診して『特段腫れてはいないようです、お大事に』で体よく診療終わり。

紹介状を携えて市内の総合病院へ・・・この頃には身体が衰弱しており長時間立っていられない。歩行途中で柱に掴まって休んでいると係員が車椅子を持って飛んできた。係員が押してくれて病院内移動、楽チンだなあ、初めての車椅子体験だ。

散々待たされてやっと内科の受付へ・・・問診で山爺がまとめた症状の覚書を提出したところ、たった1回だけ体温が37.2℃だったのを見とがめて診療拒否されてしまった。

覚書は病院訪れる度に同じこと何度も聞かれるのでうんざり、辛い体調を我慢してまとめたものだがこれが裏目となった。

曰く『明日コロナPCR検査を受けてください。今日は診療キャンセルです』 Σ(゚д゚lll)
車椅子を押してもらいながら看護師さんに愚痴った。
『今晩、症状悪化したらどうするんですか?』
『その場合は救急車を要請してください・・・』

病院から帰って寝込んでいたが夜8時ころ胃痙攣、嗚咽が止まらず息ができない症状が連続して起きた。とても我慢できる状態ではない。このままでは死んでしまうのではという恐怖に襲われた。

家族に救急車の要請を頼んだ。やがて救急車が到着。その頃には発作も収まったので自力で救急車へ向う。
『患者さんは』『私です』・・救急隊員の顔が一瞬変わったかどうかは山爺は衰弱している
のでわからないが、自力で歩けるではないか?これが病人かと唖然としたかもしれない。

車内で血中酸素濃度ほかのデーターを調べた結果は、
『酸素濃度は健常で私より多いくらい、ほかのデーターも異常がないのですが・・・』
冗談じゃない。先ほど息も絶え絶えだったのに・・・
『救急搬送しても異常なしで診てもらえないと思いますがどうしますか』
結局、救急搬送辞退書類にサインさせられて救急車は帰っていった。一抹の不安がよぎる。案の定、その晩も発作が続き一睡も出来なかった。

12月19日(土)市内総合病院でコロナPCR検査を受けた。同日夕方コロナ陰性の電話連絡が入った。やれやれ、これで一安心。晴れて内科受診ができる。

この間、食事はおかゆとはちみつジュースのみだったので低血糖症に陥ったのか2度も意識を失い気絶する事態に陥り家族は大騒ぎとなった。

もう、医者はあてにできない、自衛せねば。ドラッグストアーでハイカロリージュースを買ってきてもらい補食材として飲用する。

12月21日(月)市内総合病院の内科でやっと診察をしてもらった。
『あのお、右喉奥が痛くて食事もままならないのですが』・・と訴えたが
ここでも人の話に耳を貸さない。触診をしたあと、
『痛みがあるようですから念のため頭部CTスキャンをしてみましょう』
話が大きくなってきた。山爺いよいよ先行き不安。

CTスキャン結果は特に重篤に発展するような腫れは見当たらないとの所見だった。
胃酸過多予防薬を処方されお仕舞。

おいおい、異常なしじゃあねえだろう。こんだけ衰弱した身体どうしてくれるんだあ~!

12月23日(水)予約していたG県T市の総合病院へ組織検査結果を聞きに行く。
『悪性のモノではないようです。』・・・やれやれ一安心。
『ただ、見たことない組織があります。経過を見たいので2週間後来てください』
『・・・』・・これで診療終わりかい。冗談じゃない。
『先生、喉というより右顎下の奥、の違和感と痛みが消えない。口内炎なのでは!』と強訴する。
『そうですか、どれスコープで見てみましょう』ようやく人の言うことに耳を貸した。口からスコープを入れ観察する。
『はあ、少し腫れてるようですね。』・・だから最初から言ってるだろう。よく見ろや。
『口内炎に効く薬はないのですか?』
『ありますよ、塗り薬出しましょうか』・・・あるなら早く出せ、出し惜しみするな~。
塗り薬・うがい薬を処方してもらった。
この頃には不味くても無理やりうどん・お粥その他を食べ始めたので体力は少し回復したが喉奥の痛みは以前消えない。

塗り薬を塗ると若干痛み、違和感は減少してきた。やはり口内炎だったのでは??

12月29日(火)最初に受診した行き付けの医院に行く。これまでの症状や診療の覚書をまとめて提出し、まだ右顎下奥の違和感と痛みが治らない旨訴える。

抗生物質5日分をやっと処方してもらった。診断病名は口内炎ではなく下部咽頭炎との診断結果である。

抗生物質を5日間服用、塗り薬と併用だ。少しは症状が軽減したが食事後の不味さは相変わらず、新年早々先行き不安の日々が続いている。体重が5Kgも減って足の筋肉がすっかりやせ細ってしまった。

【川柳】

・病状の 訴え届かず 先送り
・患者より 堅く守るは 我が病院
・新コロナ 疑惑で診療 放っとかれ

山爺闘病記 Ⅱ の項 (完)

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②作者以外の方による無断転載は禁止で、行った場合、著作権法の違反となります。

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