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2018年3月30日金曜日

阿弥陀岳滑落事故と三頭山遭難考

26日の朝刊を開いて見ると一面に八ヶ岳で滑落3人死亡の記事が目に入ってきた。
内容は以下の通りだ。21日に三頭山でハイカーの遭難騒ぎが冷めやらないうちの事故である。

滑落事故の内容】
25日午前(8時35分頃)長野県にある八ヶ岳連峰で、7人が滑落する山岳遭難があり、男女合わせて3人が死亡した。25日午前8時半すぎ、長野県の八ヶ岳連峰にある阿弥陀岳の南側の稜線(りょうせん)で、「7人が滑落した」と登山者から警察に通報があった。


全員、長野県警ヘリコプターで救助されたが、兵庫県神戸市の会社員・亀石安央さん(48)、兵庫県伊丹市の建築士・中澤恒雄さん(63)、京都府京都市のアルバイト従業員・山下貴久子さん(39)の3人が、搬送先の病院で死亡が確認された。
また、大阪府吹田市の会社員・宇野聖さん(47)が左足の骨を折る重傷のほか、男性2人、女性1人が打撲などの軽傷。
7人は同じ山岳会に所属しており、立場岳から阿弥陀岳に向かっている途中で、搬送先の病院などによると、全員ザイルでつながっていて、先頭の人が足を滑らせたことで滑落したという。

場所は南八ヶ岳の阿弥陀岳南陵で起きた。山爺は若い時に阿弥陀岳山頂からこの南稜を傍観したことがある。もちろん夏季だが。険しそうな尾根が続いており魅力的ではあったが地図で見ると一般ルートではないと明記されていたので足を踏み入れるつもりは現在に至るまで毛頭ない。
この南稜はバリエーションルートと呼ばれ洗練された人々以外は足を踏み入れる事は出来ない難易度の高い地域だ。
ましてや冬季である。今回入山した方々も大阪の山岳連盟に所属している山岳会のメンバーでアイゼン・ピッケル・ヘルメットを装備し前日入山し野営しているのであるから冬山経験は豊富な人達だったのだろう。




山爺の冬山への入山は雪面が安定する3月以降からおっかなびっくりに管理人が常駐の山小屋をベースに踏み跡のしっかりしているところしか行けない”へたれ”登山者だ。

そんな者が今回の事故についてうんちくを垂れるのは甚だおこがましいのであるがこの事故には疑問点が多々ある。

事故当時は天候も良く快適な条件で7人全員でアンザイレンで繋がりスタカット移動ではなくコンテで活動していたようだ。

このルートはP1(岩壁)からP4まで難所があるが事故は最大の難所と言われているP3で起きた。この地点は去年も冬季に滑落で死亡事故が起きているところだ。上図がP3の岩壁で通常は直登せず左に迂回して下図のルンゼ(溝)を登攀するそうです。 




【山爺の一言メモ】

アンザイレン(ドイツ語:Anseilen):、滑落のおそれがある岩場や急な斜面で、仲間の相互安全確保のために、2人以上でザイルで体を結びあい、1人が墜落した時に、他者がザイルを持って墜落を止めることを目的とした方法。

スタカット:音楽用語にあるように切れ切れにという意味です。一人が行動しているとき、もう一方は滑落に備え動かないで確保態勢を取る。(ハーケンや立木にロープを固定する)これを交互に繰り返して登攀する。当然登攀スピードは落ちる。

コンテ:余ったザイルはコイル状にして手で持ち、2人以上で同時に歩行するのがコンテ。コンテニュアスの略でアンザイレンした状態で全員が連続移動する。
どちらがより安全な方法かは読者の皆さんが考えてね。


なぜ経験豊富なパーテイでありながら最大難所を通過するのに7人全員がロープに繋がったままで登ったのか。尾根の左右は60~70度の急傾斜となっている最大難所だ。ザイルを解除し固定ロープを張るとか、2人1組でスタカットザイルワークを組むとか(最悪落ちても2人で済む)なぜしなかったのだろう。コンテ登攀のままで万一滑落しても確保できると思っていたのだろうか。確信もなく漫然と大丈夫だろうでアンザイレンのまま登ろうとしたのなら誠に情けない話である。

事故はP3で先頭の人が滑落し2番手が支えきれなかった。こうなると更に加速度がついて3番手以下は支え切れるものではない。結局7人全員が数珠つなぎ状態で60度の傾斜を300mも滑落してしまった。4日前に降り積もった雪により小雪崩を誘発したのか亡くなられた方全員が窒息死だったことを考えると新雪さえ降っていなければ、あるいは怪我だけで済んだのかもしれない。


体重60kgの人が1m垂直に落下した時の加速度及び衝撃荷重はどのくらいになるのか試算してみよう。

中学の時に習った落下の法則を思い出してもらいたい。1m落下した時の速度は次式で求められる。

V(落下速度)=√(2gh)  g:地球では9.8m/s2   h:落下距離 

hに1mを代入すると4,43m/Sec 時速に直すと16km/hとなる。たった1m落ちただけでも猛スピードの自転車並みの速度になる。また1秒間落下したとすると V=gtだから9.8m/sec 、時速に直すと35.3km/hと車並みのスピードが発生するのである。

またその時起きる運動エネルギーは W = 12mv2  この式を使って計算すると
1/2×60kg×4.43m×4.43m=589kg・m/s の衝撃がザイルにかかることになります。

ただし登山用ロープは工事用ロープと違い伸び率を高くしてこの衝撃力を吸収するように作られています。(伸び率は動荷重で27%~37% つまりそれだけビョーンと伸びて衝撃を和らげる構造になっているのです)

垂直に落下したのではなく斜面を滑り落ちたとした場合はsinθの分散力が働くことになるので当然衝撃値は低くなるが今回の滑落時の傾斜が60度とするとsin60°は0.87だからあまり軽減には作用しない。ちなみに垂直落下はsin90°(1.0)となり分散力は0です。


ど素人が摩擦係数等を無視して適当に計算したので間違いだらけと思いますが、要はたった1m滑落しただけでも、とんでもない荷重が2番手にかかってくるということです。

登山者は例外なく10~15kgの荷物を背負っているので数値は更に上乗せされる。

これが2m落ちてから制動をかけたら?3mでは?と再計算すると更に恐ろしい答えが帰ってきます。暇な人は頭の体操になるので計算してね。(専門家が計算した文献を読むと制動条件が良くても150~200Kgの力が作用するとか・・ただし条件設定が複雑に絡むので正解を出すのは難しいとか)

http://square.umin.ac.jp/miura/essay.dir/rope-miura.pdf

こんな状態で落ちてくる人を2番手の人が人力で支えきれるものか?如何な怪力無双の男でも到底支えられるものではない。ましてやパーテイ員のなかに女性が混じっているのである。

アンザイレンをしながら登攀する人々はこの物理の法則を知っていてコンテ登攀をしているのだろうか。


専門家に言わせると、このような危険な場所では多人数アンザイレンでのコンテ登攀は危険だからやらないという。それでは多人数のアンザイレンはいつ、どんなときに必要になるのだろうか、安全な場所ならアンザイレンはする必要がないのでは?。何のためにリスクのある多人数のアンザイレンをするのだろうか?疑問は尽きない。専門家の意見を聞きたいものだ。

普通アンザイレンは2人1組で行い、多くても3人までという専門家もいる。3人以上のアンザイレンのメリットは?と問われて遭難した時に皆んな繋がっているので発見しやすいと皮肉る専門家もいるくらいだ。皆んながやっているから”何となくアンザイレンしてみた”では事故で死んだ者が浮かばれまい。


もう一つ考えなければならないことは事故の起こった4日前の21日に関東地方を含め季節外れの大雪が降ったことであった。山爺は直感でこの雪が滑落事故に影響したなと思った。

直前に降雪さえなければ雪面は固く安定しておりアイゼンの効きもよかったはずだ。ベテランであろう先頭の人なら滑落することもなく無事に登りきりアイスハーケンを打つなりして確実な確保態勢を取ることにより安全にパーテイメンバー全員を引き上げられたのではないか。

降雪により根雪の上に新雪が降り積もり不安定な斜面になっていたことは容易に想像がつく。踏み込んだ雪面が割れて足場が確保できなくなりそのまま落ち出したのではないかと思う。

事実、翌日の新聞で21日に降った大雪で雪壁の上に雪が積もり不安定で滑りやすい状態になっていた可能性がある報道している。このコンデションでは滑落時の確保用アイスハーケンも打てないだろう。

山爺が言いたいのは季節外れの大雪が降り積もった直後に何故難易度の高い南稜に足を踏み入れたのか、ということである。より安全な通常ルートの御小屋尾根の登攀に何故切り替えなかったのか。もしも所属山岳会の登攀記録に箔をつけるための登攀だったら余りにも悲しいことである。そんな事のために掛け替えのない命を失うとはなんともやるせない。

去年も今頃(3/27)那須の茶臼岳での山岳訓練中に高校生等が痛ましい雪崩遭難に遭遇している。山にちょっとでも精通している人に言わせれば今頃降る雪は季節外れでも何でもない、当たり前のように毎年降るのである。
八ヶ岳・奥秩父・奥多摩や大菩薩嶺・丹沢、および日光・那須連山といった関東一円の山々の月間降雪量が一番多いのは3月に入ってからということを皆さんご存知だろうか。

里には桜が咲き世人が花見で浮かれていても1500m以上の山岳はまだ冬だ。従って冬山の装備(最低でも軽アイゼン・ストック・スパッツ)は必携、それを怠ると21日に発生した奥多摩三頭山(1528m)でのような遭難騒ぎが発生してしまうのである。

3月も中旬すぎれば三頭山あたりなら根雪も消えて普通ならハイキング程度の足拵えでも問題なく歩けるのだが、雪が降ると様子は一変する。傾斜のある山道では軽アイゼン(足につける鉄の爪)とスノーリングを付けたストックがないとまったく動きが取れなくなる。

中国人を混じえた彼ら一行は大雪警報の予報に怯むことなくハイキングスタイル(中にはスニーカー程度の足拵えの人も)の軽装で出かけ、ほかのパーティのあとをノコノコついて入山した。しかし山頂付近で大雪により動きを阻まれてしまった。全員アイゼンもない状態で下山を始めたがそこは山道、平坦なところは一つもない。途中で雪によりメンバーの一人が滑落、怪我をして進退が極まったのである。

ただしこのパーティで唯一褒められるべき行動があった。無理せず全員が同じ場所に留まりビバーク(非常野宿)したことである。パーティの中に山に精通した者がいたに違いない。だから全員無事に下山することが出来たものと思う。これが烏合の集団であったら、めいめいが自分勝手に行動し凍死者が出たかもしれない。

【三頭山、遭難】

東京都奥多摩町で登山中の男女13人が積雪の影響で下山できなくなっていたトラブルで、警視庁と東京消防庁は22日、三頭山(1531メートル)とヌカザス山(1175メートル)の山道付近で全員を発見、救助した。いずれも意識はあり、命に別条はないという。警視庁青梅署によると、下山できなくなっていたのは10~40代の男性6人と女性7人で、中国人も含まれていた。このうち少なくとも男女6人が凍傷などを訴え、病院に搬送された。同町には21日、一時的に大雪警報が出ていた。

この二つの山岳事故についてマスコミ報道は阿弥陀岳事故は技術的難易度が高い故の避けられない出来事、三頭山遭難は天候を無視した無謀登山、的な報道をしているようだが山爺の考えはまったく逆で阿弥陀岳の事故のほうが天候無視(4日前の降雪無視)と技術過信の無謀登山、三頭山は天候急変によるやむおえない遭難だったと思っている。

こうも頻繁に山での遭難が起きたのでは家族に心配されて山爺が山に出かけにくくなってしまうではないか。全国の登山愛好の皆さん。慎重の上にも慎重な行動をお願いしますよ。

多くの山行記録やブログ記事を拝読していると、どこそこを征服したとか何座制覇したとか、アタックポイントは、とか”北東稜をやる予定”とか、まるで戦に行くような勇ましい言葉がポンポン出ているのを見かけますが戦闘用語はいけませんなあ。

どんな低山にも木花開耶姫ほかの女神様がおわします。神様相手に戦を仕掛けるのは無謀というものです。

山の神様のご機嫌(天候)を伺いながら登らせていただくといった謙虚な姿勢で登山に望んでください。お願いしますよ。


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