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2018年6月22日金曜日

梅雨の間隙を突いて・・・三床山から二床山へ

連日の梅雨模様で6月に入って山歩きの実績が全然ありません。家でごろごろしてWOWOWばかり見ていたら大殿筋が弱ったと見えて腰痛が起き始めました。腰痛は低気圧の通過も影響があるようです。

空梅雨を当てにして残雪の会津駒ケ岳に行きたいなあと思ってプランを練ってはいたのですが本格的な梅雨に入ってしまったので計画倒れになりそうです。


会津駒直下にある駒の小屋は前々から一度行きたいと思っていた山小屋の一つです。自炊客のみを受け入れるランプの灯る素朴な山小屋で土日以外も管理人が常駐しています。土日しか営業していない山小屋が多い昨今、貴重な存在です。

今年の梅雨は空梅雨ではなさそうで天気予報では傘マークがズラリです。と、17日(日)だけが晴れマークが出ています。これはどこかに行かねばなるまいて。山爺の頭の中は常に3~4箇所、山のプランがインプットされているので出かけようと思えば数時間の準備時間があれば十分です。

今月末は川治温泉での同窓会が控えているから経費節約!マイナーだけれども佐野にある三床山~二床山でも行ってみようか。







17日(日)早朝に家を出て途中のコンビニでいつものようにサンドイッチ、赤飯握(梅握売り切れ・・(´ω`))5個入りアンパン+チョコレートなどの甘味菓子を若干購入した。甘味菓子は非常用で食べずに家に持ち帰るつもりだ。どんな低山でも非常食を準備するのが山男としての山爺のこだわりです。


8時前に東武佐野線の田沼駅に到着。少ないながらここから路線バス(午前中2本)がでているので8時17分発の便に乗車して鹿島神社前で下車(自由乗降地区なので乗るときに運転手さんに降車場所をあらかじめ告げておく)すれば4km歩かないで済みます。

www.city.sano.lg.jp/komoku/koutuu/05/pdf/1611_03.pdf

鹿島神社を左に見ながら細い道を進むとやがて左手にソーラー畑が出現し20分ほどで鹿島神社の奥社前の駐車場に着きました。



それにしても最近のソーラー発電設備の普及といったら、山の麓に着くとやたらあちこちで目に付く。平成26年度の統計では6.6%であったらしいが今はそんなもんではないだろう。

山爺が行ったこともあるゴルフ場も何箇所かが閉鎖されてソーラー発電設備所に商売替えしていることでも頷ける。ゴルフ場の運営には何十人もの人件費がかかるが、ソーラー発電設備は作ってしまえば人手が不要で金儲けが出来る。さもありなんだなあ。

まあ、発電力が不安定なソーラーがこの先、今の火力などに100%とって変わることはありえない。バブルと一緒でどこかで行き詰まるはずなんだがねえ。そのとき損をする人々が出なければいいのだが・・と思いながらも心の片隅ではそのうち泣きを見る奴が出るゾ。と、どこかで期待している節があるへそ曲がりな山爺であります。

駐車場には4台ほど車が止まっており1組(男女4人?)のパーティが出発準備中でした。

山爺:『天候が思わしくない中よく出掛けてきましたね』
他人:『今日しか好天が望めないので急遽出掛けました』
山爺:『考えることは一緒だ!お互い好きですねえ』
一同:(笑)(笑)

4人組が出て行ったあとは神社に静寂が戻ってきました。



さて神社にお参りしてぼちぼち山爺も出発しよう。三床山へは沢コースと尾根コースの2通りのルートを選択出来る。晴れていれば涼しい沢ルートを選ぶところだが連日の雨で悪路なのは必定、ここは尾根ルートを取るしかあるまい。

雨上がりのせいか一段と山の匂いがするような気がする。いいなあ、この香りは本当に元気がもらえる。いざ、一路三床山に向けて出発だ。

なだらかな道がしばらく続きます。道は狭いながらしっかりと続いており足元が雨露で濡れる心配はなさそうです。

このまま山頂まで続けばよいのですが、そうは問屋が卸さない。
麓で見た三床山でもわかるように山頂付近はもっこりとした山形なので必ず急傾斜が現れるはずだ。

やがて、来ました、来ました、急傾斜が現れました。いやあ、半端じゃありません。南アルプスの尾根道のようなしんどい急な道がずうっと続いています。

時折、山道の左側が開けるのが救いです。片方の手で山道の横の木に掴まりながらもう一方の腕でストックを押し上げ、ひいひい言いながら高度を稼ぎます。お金も山も稼ぐのはしんどいわ~!!

ただし、南アルプスのようなでかい山と違い、たかが低山ふぜいです。そんなに長時間の急傾斜が続くわけではありません。

30~40分も格闘すれば山頂に着くところが低山の良いところです。

やがて前方の木々が明るくなって人の声も聞こえて来ました。

三床山山頂(334.9m)に到着です。三床山は少し変わった山頂で登山道が行き止まりで反対側には道がありません。袋小路です。

天候はイマイチですがなかなかの展望を得ることができました。

今まで見えなかった東側の展望も開けてゴールド佐野CCがよく見えます。

今月購入した新兵器、10倍の単眼鏡を取り出し覗いてみるとカートが走り回り、プレーヤーのスイング姿まで確認できました。おお、これはよく見えるわい。

ああ、あの人は今小さな池を目の前にして真剣に悩んでいるのだろうなあ。

しかし、ここから見ると人もカートも誠にちっぽけな存在で迫力ゼロ!。


ゴルフも天上から覗くと動きが滑稽に見えます。なんか自分が神様になったような気分がします。


時間はまだ10時、昼食にはちょっと早いので倒木にシートを掛けてベンチとし携帯コンロとヤカンを取り出し珈琲プレイクと洒落込みます。いやあ、山頂でアンパン囓りながら飲む珈琲の美味いことと言ったらないねえ。どんな喫茶店もここの味にはかないません。これやるため山登りしているといっても過言ではない

山頂へは次々と登山者がやってきますが、5分も滞在すると去って行きます。


 それにしてもせっかくの山頂なのにどうしてせかせかと皆さん次に進むのかね?

せっかちだなあ。って俺がのんびりし過ぎるのかなあ。


まあ山好きには歩くことそのものが好きな人と山の雰囲気が好きな人と2通りいると思うが・・

前者は体力の許す限りどんどん先に進み長距離を歩いたことを自分への励み(自慢)とする。

なんとか山の会といった団体の多くはこんな人の集まりのようです。

後者はのんびりと写真を取りながら休憩をたっぷり取って山中でまったりするのが好みの人。集団活動にはまったく不向きなので単独者が多い。・・もちろん山爺は後者です。



いやあ、小一時間ものんびりしてしまった。汗も引っ込んだし次、行ってみよう。元来た道を50mほど戻ると分岐点があり二床山へは指導摽が右を指示しています。
  

二床山への下りも急で左右は岩混じりの痩せ尾根で気を抜けません。ここで落ちたらまずアウト。ストックを頼りにゆっくりと慎重に降下してゆきます。

ようやく鞍部(山と山の間の低いところ)に到着。左から道が延びて来ていますが鹿島神社から沢コースを取るとここへ出るようです。



さらに進むと小三床山方面への分岐にやって来ました。右にゆけば小三床山を経由してつつじ山からカタクリ群落をぐるりと回るコースです。カタクリの時期も過ぎてしまったしオーバーワークになりそうなので今回大回りになるこのコースは遠慮しておこう。




低山ながら岩のゴロゴロした痩せ尾根をゆっくりと慎重に歩を進めます。ぐるりと回り込むように尾根を進むので左手に先ほ珈琲ブレイクをした特徴ある三床山がよく見えます。

ああ、あの右側の斜面を登ってきたわけだ。通りできつかった訳だ。傾斜がゆうに30度以上はありそうです。

 今歩いてきた三床山~痩尾根がよく見えます。

途中で出会った男2人組のパーティが
『この山は面白いですよ。何回来ても飽きないです』
と言っていたが、その言葉も納得のコースのようだ。

1時間くらいで山頂を極められ展望の利く痩尾根縦走が楽しめる。また体力に合わせて長短ルートが選択出来るし、カタクリやつつじ山という地名があるので花も豊富な地域があるのだろう。

また、このへんの山々は幸い、山中をドタバタ走り抜ける無粋なトレラン族の侵略は受けていないのがいいねえ。しかし何が楽しくて顔歪めて苦しそうに山中を走り回るんだろうか?山爺には理解の外である。

11時30分二床山(325m)に到着、狭い山頂だ。ここで昼食休憩。

食事をしていると両側から何組かのパーティが通り過ぎていった。

おいおい山頂だよ。休まないのかい!。そんなに急いで何処に行くんだい。ずーと磐城平の方までゆくんか。この洒落がわかった人は文学通です。

【山爺の一言メモ】

磐城平云々・・大正時代の詩人、山村暮鳥(1884~1924)の雲という詩です。
おうい雲よ、ゆうゆうと馬鹿にのんきさうぢやないか
どこまでゆくんだ ずつと磐城平の方までゆくんか
   ―――「雲」

なんかのんびりとした雰囲気がよく表現されていて山爺のお気に入りの詩の一つです。
特に”のんきそうぢゃないか”のちに点点がいいねえ。

腹ごしらえも終わったので先に進みます。高松山までは20mほど下ることになります。

 高松山(303m)に到着しました。ここも狭い山頂です。さすがの山爺もここは通過点としました。ここを過ぎるとめぼしいピークはなくなり標高差200mをひたすら下山することになります。


道もなだらかで岩場はなくなりました。楽になった代わりに展望が望めなくなってしまいました。

山林から竹林へと様子が変わり再び平らな道が続く山中を歩きます。

まもなく里に出るでしょう。

周りが明るくなり見慣れたソーラー畑へ降りてきました。鹿島神社へは左へ左へと歩いて行けば良いはずです。ソーラー畑を突っ切って13時過ぎに無事、鹿島神社へ戻ってきました。

15時17分の路線バスがあるのですがここの路線バスは午後便は原則1時間前に予約しなければ乗れません。(誰も予約者がいないと欠便するらしい)バスの時間まで間があるし田沼駅までは4kmくらいだ。平らな道なら今の山爺には楽勝です。

【川柳】

・休息も 取らで 山人 どこへ行く
・山趣味も 真摯に向かう 熟団塊
・コースタイム 金科玉条 山の会 

【山爺の一言メモ】
金科玉条
 黄金や珠玉のように善美を尽くした法律や規則の意、人が絶対的な拠り所として守るべき法律・規則のこと。転じて”金科玉条のごとく守る”として融通のきかないことへの揶揄として用いることわざ。

梅雨の間隙をついて・・・三床山から二床山への項 完

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2018年5月31日木曜日

梅雨が来る前に・・・佐野諏訪岳登山



秋の紅葉も素晴らしいのですが5月は湿度もなくさほど暑くない。ハイカーにとって一番よい季節です。体力維持も兼ねて佐野にある諏訪岳を訪ねてみました。

低山(342m)ながら形状の整ったなかなかの風貌の山です。



佐野の中町地域から見ると裾野が富士山に似ており(似てない!)この地区では中村富士とも呼ばれております。

東武佐野線多田駅から歩いて20分ほどで入山出来るので交通至便なことも魅力です。

朝7時前半の電車に乗ると多田駅には8時30分頃には着いてしまいます。



本当に佐野・足利方面は近くて良い山が沢山あります。

佐野を通過するまで大勢の乗客がいましたが多田駅まで来ると誰もいなくなりました。




多田駅は無人駅で駅前にはなんにも有りませんから買い物はよそで済ませておく必要があります。




駅前から正面に縦に延びている道路が登山口である京路戸公園に行く道です。

しかしこんな田舎に京都に関連しそうな洒落た名前がなぜ付いたのだろう。歴史を調べると面白いかもです。

【山爺の一言メモ】
さっそく家に帰ってからネットで検索するとこんな内容がヒットしました。

① 「経論堂=きょうろんどう」が訛ったものだと、岩船町小野寺にある天台宗の古刹 「大慈寺」のご住職の「住職日記」で紹介。
② 『小野寺には小野小町の「お墓」現存しており、大慈寺ともかかわる伝説があります。それで、小町が峠に登り京への思いを募らせたことから命名された。 

確かに諏訪岳から栃木市側に山道を下ると大慈寺があります。またこの地域は小野寺と呼ばれていますがやはり小野小町ゆかりの歴史があるのでしょう。





小野小町終焉の場所は日本全国に分布していますが、ここもその一つで一節には京都からここに移り住んだものの、年々年老いて醜くなる自分を嘆いて諏訪岳の崖から身を投げて自害したとも。判るなあ、美人は辛いよね。そこいくと元々醜女の人はしぶとく生き抜くことが出来ます。

大慈寺も由緒あるお寺です。西暦737年あの有名な行基さんか開基したとされた寺院です。更に2祖は道忠(鑑真和上の高弟)3祖は公智(円仁・安慧等がここで修行)
なんとまあ、そんな恐れ多いお寺が山爺の故郷にあったなんてちいとも知らなんだ。

737年ったらあなた、奈良時代で長屋王を死に追いやった長屋王の変(729年)をやらかした藤原4兄弟が祟り?で病没した年代だよ(737年)これって凄くないですか。

そういうことなら栃木市側に下山してお寺参拝するんだったなあ・・後の祭りです。

変わった地名の由来を調べる場合、以前なら地域の図書館やら古老やら古文書あさりをしなければならないが今はネットという便利なものがあるのでその信ぴょう性はともかくすぐに情報が手に入るので面白い。



話を山歩きに戻します。

多田駅前から見た諏訪岳です。(画像、正面のピーク)そういえば諏訪岳という名前も只者ではないような気がします。

普通なら平らだから大平とか岩があるから岩船とか見たそのまんまの形状を表現するのが多いのだが・・・諏訪大社と関連があるのかなあ?。

駅前から道なりにまっすぐ歩いて小さな橋を渡る(乗用車通行可)と田中工業団地にぶつかります。そこを通り抜けるとまもなく京路戸公園でテニスコートが数面あり簡易トイレもあります。工業団地共用のコートなのかな?



そこを更に進むと左側に小さな駐車場があります。9時ちょっと前に到着。

ここから山道になります。登山姿の爺さんとおばちゃんの二人が先にいた。挨拶をしてみたがおばちゃんからは返答があったが爺さんからは返答なしで無視された。(後で知ったのだが高齢で耳が遠かったみたいです)

ここからのルートは京路戸峠経由の右回りと西尾根経由の左回りの2コースが選べます。

情報では西尾根は痩せ尾根で急峻、荒れており下りには向かない。京路戸峠経由往復が一般的とか。



そう言われるとへそ曲がりのB型気質の山爺です。降りるなの言われると、降りてみようじゃないの。とこうなる。

右回りの道を歩き出す。あとから婆さんと爺さんがついて来た。どうせ山菜採りだろうと軽く思っていると婆さんはすぐにいなくなった。山菜採りだったのだろう。

ウエストポーチを付けただけの空身の爺さんがゆっくりとした足取りながら一定のリズムでついてくる。歳はゆうに80歳は越していそうだ。



思い出した!!。ネットで諏訪岳の情報を収集していたときあるブログを読んだが、それによれば諏訪岳に毎日のように登る高齢の爺さんがいるとか。この話題は半ば伝説化されいるようで複数の書き込みがあった。30分ほどで京路戸峠に到着。



おあつらえ向きにベンチもあります。急ぐ旅ではなし。ここで休憩を取ろう。伝説?の爺さんもきっと休むだろうから色々話をしてみよう。

ペットボトルの飲み物を飲みながらアンパンを囓り休憩。峠なので心地よい風が吹き抜ける。こんな雰囲気が山爺至福の時である。

きたきた、件の爺さんがゆっくりとではあるがしっかりとした足取りで坂道を登ってくるのが見えました。・・・と、あれれ、休むことなく指導標の横をすり抜けてそのまま登っていってしまいました。

しかも指導標に一瞥もくれません。手馴れた風です。間違いない!あれが噂に聞く諏訪岳の主と言われる伝説爺だ。

あとから追い抜くのも何だから峠で15分ほど休憩を続ける。『もう、いいだろう』と腰を上げて諏訪岳山頂を目指す。



峠からは諏訪岳の三角部分に取り付くのだろう。これまでの登りと違い徐々に急勾配になってきた。へえ~あの爺さんこんな急な登りを物ともぜずに登れるのか、しかも毎日?

そのうち追いつくのかなあ。追い抜くのは嫌だなあ。と思いながらゆっくりと登り続けましたが何時になっても姿を捉えることが出来ません。栃木市方面に下る分岐までやってきました。




さっぱり爺様に追いつきません。途中に崖が何箇所かあったのでもしやと不安がよぎったりもします。

山の上の方が明るくなってきました。山頂が間近なのでしょう。山道の左側(田沼方面)の視界が開けてきました。

と、上から誰かが降りてきます。伝説爺さんです。なんと山頂をきわめて降りてきたようです。歳は85前後?いやいやもっと高齢かも、スーパー爺さんであることには違いありません。道を譲るため山道の傍らに寄って。
『お元気ですね。山頂からの戻りですか』
と声を掛けたが足元ばかりを注意しているためか山爺が視界に入らないようで返事なし。

すれ違うところまで近づいたとき、ようやく気がついたようで、



『あ、おはようございます』

と声をかけてきた。やはり耳が遠いのは伝説通りでした。しかしそれにしても毎日342mの山(実質標高差260m)を登り続けるパワーは相当なもんである。世の中には驚いた人もいるものだ。願わくば山爺もかくありたい。





10時10分山頂到着、山頂には誰もいませんでした。

山頂はあまり展望は良くなく西側の田沼方面しか望めません。山頂には大きな桜の木が2本あり、サクランボが育っていました。桜のシーズンにきたら最高の花見ができそうだ。



ベンチが3箇所あるのでそこに座りコンロ、やかんを出して湯を沸かしコーヒーブレイク。さほど歩いていないので腹も減っていない。昼食には少し早いかな?

珈琲をすすりながらアンパンかじり30分近くのんびりとする。あたりは静寂そのもの。短時間で山頂に着くこんな山歩きもいいなあとしみじみ思う山爺でありました。



ようやく反対側からおばちゃん2人と山爺と同年代?位の男の3人組が上がってきました。
『京路戸公園から上がってきたのですか?』
『はい、きつくて大変でした』

山爺が事前に得た情報でも西尾根は荒れていて急なので下りは危ないから止めたほうがよいとのことだった。



もと来た道を戻ろうかとも考えていたのだが、この人たちが登れたんだから下りも大したことはないのだろうと簡単に考えて西尾根を使って下山することに決めた。

山頂を辞してすぐに不明瞭ながら左に降りる道があったのでその道を降り始めた。

この決定が大間違い。降り始めこそなだらかでしたがその先は急坂の連続が待っていました。両側は痩せ尾根で崖、ストックを前についてバランスを取りながら慎重に降りてゆきます。

だんだん道は不明瞭になってきて笹薮やらクモの巣やらの大悪路。ときどき立ち止まってルート確認しないと下山道を見失います。本当にあの3人ここを上がって来たのかな?と疑問が沸いてきた。



こんなに急な上、荒れていたんでは、かなり登山経験を積んだ者でないと危険な尾根だ。幸い要所、要所には枝にピンクのテープを結んだ目印があるので経験者なら迷うことはないと思うが、焦って降りると転落もありえる危険なルートだ。

ある程度山の経験を積んだ者以外の下山はお勧め出来ません。ご注意ください。観光協会さんには下山注意の看板を掲示することを提案いたします。

小1時間も下り続け、ようやく道がなだらかになってきたが今度は落ち葉で道が不明瞭だ。ピンクのテープだけが頼りでそれを確認しながら樹林帯の中を彷徨する。

悪戦苦闘の末、ようやく京路戸公園に通じる山道に合流した。やれやれ一安心。
下りきってみるとこの西尾根、スリルがあって中々だし、良い訓練にはなりました。

【川柳】

・山中で 翁に抜かれ 消沈す
・諏訪岳で 伝説翁に 追い抜かれ
・始め余裕 下山は必死の 諏訪の山

梅雨が来る前に・・佐野諏訪岳登山の項・・完

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