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2017年12月1日金曜日

寄居の金勝山・官の倉山に行ってきました。


小春日和の予報に誘われ前日(11/25)に慌ただしく荷造りを済ませ25日早朝に家をで出ました。まあ荷造りといっても低山の日帰りだから10分もあれば完了ですが。(^O^)

今回の山々は寄居駅で東武東上線に乗り換え4っ目、東武竹沢駅で下車する。

ここから金勝山登山口まで約10分、所謂、駅前ハイキングが出来る交通至便な山なのだ。
行動予定ルートは以下の通り。

東武竹沢駅⇒避難小屋⇒金勝山268.4m⇒南登山口に下山

南登山口⇒国の重文吉田家住宅前⇒三光神社⇒天正池⇒官の倉峠⇒官の倉山344.7m⇒石尊山(セキソン)344.2m⇒鎖場⇒不動滝⇒登山口⇒八幡神社⇒穴八幡古墳⇒小川町駅

つまり連続の山歩きではなく全然別の山を1日に2つやっつける欲張った計画だ。長い山爺の登山歴でも一旦下山してから別の山に登るのは初めてかなあ??。

官の倉山を下山後は里山を散策しながら八幡神社そばにある穴八幡古墳の史跡を見学するのも楽しみの一つだ。まあ6~7時間も歩けばなんとか完遂するだろう。

秩父線羽生駅7時08分発で寄居へと向かう。休日なので今回も秩父路遊々フリーきっぷを購入した。普通切符だと寄居まで往復¥1560だ。フリー切符は¥1440だからこれでも¥120お得である。

受け取ったチケットが足袋の格好なのが笑えた。こんな形の切符発売したら他の鉄道機関では改札口で大混乱だ。自動改札とは無縁の秩父鉄道ならではのアイデアだ。

秩父線は全線に渡って自動改札がない。係員が切符を受け取ってくれる人間味豊かな鉄道なのである。そんなわけだから勿論パスモやスイカなどですまし顔して通過など出来ない。

ホームに降りるとすでに電車がホームに待機している。電車に乗り込むと日曜日なので年輩ハイカーが沢山いる。山姥達の高ぶった会話が車内に響く。

寄居で登山姿の者が下車したのは意外にも山爺だけだった。残りの多くは秩父・三峰方面に行くものと思われる。

午前8時30分東武竹沢駅に到着、晩秋から初冬に手頃な山々なので多くのハイカーを予想していたが下車したのは山爺ただ一人。これは以外であった。駅から徒歩圏の山なのに人気がないなあ。時間がそれとも早すぎたかな。
ちなみに、こんな山あいの小さな駅ですがこちらは自動改札、さすが大資本鉄道です。



駅前で軽く準備体操をしてから駅の右側にある連絡通路を利用して線路をくぐり反対側に出ます。突き当たった車道を右に曲がり歩き出しました。

小さな祠があったのでお賽銭を奉納し今日の登山の無事を祈願する。時に8時50分!いざ登山開始です。



歩いて10分もすると東登山道と書かれた大きな標識があります。
それに沿って左折するとすぐに山道入ります。歩いてすぐに分岐点にぶつかりました。

ガイド地図の指示に従って尾根道を選択します。

今回は低山で安全性も高いので登山届は作らなかったのですが、こんな山でも登山届ポストがありました。横の注意書きを見ると、何と何と”熊注意”でも”猪注意”でもなく”マムシ注意”だって。マムシ出るんかい!。

でも冬だからマムシの奴も冬眠しただろう。誰もいない静かな山道を無言で登り出します。木々から漏れる朝日がまぶしい。いいね、いいね、こんな雰囲気が山爺は好きです。

20分も歩くと”避難小屋”に到着です。表は鍵が掛かっていましたが裏は開いていたので入ってみると避難小屋と言うより学校行事でオリエンテーションなどの教育用に使うような広い集会場でした。水道も4~5基あり水もきちんと出ます。避難小屋とはまるで違う施設です。

里から20~30分のところで避難する奴いないっちゅうの!。ここまで来たらどんな遭難者でも里まで降りて救助依頼するわ。たぶん教育関係の担当者が公共施設の予算取りするときに取得しやすいよう知恵を絞り名称を変えて申請したのではと思うのは山爺だけだろうか。

以前、エッセイで読んだ話だが・・・タイトルは、たしか”お役人何とか?”だったような。都内のあるお役所に出入りしていた電器店がお役所から洗濯機を大量受注したそうな、ただし納品に際し物品名称を『ボロ攪拌機』で納入して欲しいとの指示でした。ところが店の親爺、この指示をコロッと忘れごく普通に〇〇洗濯機で納品したところ担当役人からこっぴどく叱られたとか、予算取りの時に洗濯機では通りにくいのでボロ布を洗濯する専用機として名前を変えて予算取りしたんでしょう。いかにもお役人らしい話で笑えました。この避難小屋も多分そんなところでしょう。


避難小屋からほどなくで金勝山に着きました。9時40分です。低山ながら展望は良く赤城山・男体山が望めました。また眼下に本田技研工業の寄居工場がよく見えます。

次に登る官の倉山もよく見えます。う~ん大分遠そうだなあ。この計画はきつかったのかなあ。と一抹の不安がよぎる風景でした。

今日は先が長いので休憩もそこそこに先を急ぎます。

頂上から5分くらいのところに立派なプラネタリウムが建っていました。

そこをすり抜けてトイレの左横に続く道を通ると左に下山路があります。

黙々と降ること5分!山中に突如大勢のご婦人のかまびすしい話し声が木霊します。予測では10~15人くらいは居そうな雰囲気です。なおも降りてゆくと7~8人のオババさまの団体が休んでおり大声でおしゃべりの真っ最中、思わず『いやあ山中に大きな声が響いたので20人くらいの団体様かと思いました』と言ったら”ドット”受けて一同大笑いでした。

二言、三言会話を交わしてからおばさま連と別れひたすら下山、八高線の踏切を10時25分通過、ここまで歩き出してから約1時間30分、快調に経過しています。



国の重要文化財である吉田家住宅の分岐点までやって来ました。立ち寄りたいがまだまだ先は長い。今回は立ち寄ることは諦めて遠目に見ながら吉田家とは反対方向の林道を急ぎます。
(写真上 国の重文吉田家・・未訪問)

三光神社に10時50分到着、ここで2度目のお賽銭奉納、いつものように奉納額は¥10+¥50(我が娘に充分ご縁がありますように)です。


この神社は建久年間(1190年)創建と歴史は充分。さぞやご利益が期待出来そうかな?神社の目の前にニョキッと生えている大きなご神木がいかにも威厳があります。




 神社横のもみじの紅葉が誠に見事に色付いています。さらに進むと天王池に到着、大きさや位置関係からして農業用の溜池でしょう。

かなり古そうな池です。

ここから再び山道です。




こちらの山(官の倉山)は金勝山より人気が高いのか登山者もちらほらおります。それとも時間的なせいかな?。

山爺は後ろから煽られるのは嫌なのでどんどん先に行かせます。決して疲れているからではありません。(o^^o)♪ 

4~5組が山爺を追い抜いてゆきました。官の倉峠に11時30分到着。ここからは急な登りが続きますが、それもわずかな時間です。11時50分、官の倉山に到着しました。


狭い山頂には7~8組のパーティが思い思いに弁当を広げてランチタイムです。

幸い単独者が占領していたベンチの半分を譲っていただいたので山爺もザックから携帯アルコールコンロを引っ張り出し湯沸し開始です。今回は2箇所以上頂上を極める計画だったのでサーモスは持参せずアルコールコンロとミニやかん携行です。


お湯が沸く間にすばらしい眺望を満喫いたしました。左から榛名山・雪を被った谷川連峰そして赤城山、右に展望を移すと男体山とやはり雪をまとった白根山がはっきり望めました。2時間前に登った金勝山も良く見えます。100m標高が違うと大分低く見えるもんだ。人間、2時間も歩くと随分移動できるものだなあと実感です。

残念ながら安物カメラなのでモヤの影響で画像ははっきりしませんが・・・(´ω`)

お湯も沸いたのでドリップ珈琲を入れていつものサンドイッチ・梅握り・アンパンの定番昼食を頬張りました。

『うまい・実にうまい・うますぎる!』 ♫なんでぇ、こんなにぃ うまいんだろうかぁ~(大泉逸朗 孫)

傍らのご仁を見ると”ああぁ~缶ビール飲んでやがる”さぞやうまいんだろうなあ。でも山爺はいくら好きでも山中で飲酒はしません。足元が危うくなって転倒でもしたら大変ですからね。

12時30分、官の倉山を後にする。40分も山頂でのんびりしてしまった。時間に余裕のある低山ならではのまったり体験です。行動開始して10分で隣の石尊山に到着またもや休憩です。

ここでも大展望が待っていました。
傍らを見ると由緒有りげな祠が2つ建っております。どちらが優位の祠かなあ?わからないので両方にお賽銭奉納です。これでお賽銭奉納は朝から4箇所目です。まあ、これも何かの縁!信心、信心、です。

ここの山頂も4パーティほど休んでおりました。5~6人くらいのパーテイの中に幼稚園年長?くらいのかわいい女の子が混じっていました。小さなリュックを背負い頭にバンダナを巻き一丁前の登山者スタイルです。ちょこまか動き、実にかわいい。うちの娘にもこんな時期があったなあ、と思わず目が細くなってしまいます。

山頂に10分ほど滞在、ここからは下山するのみです。タッチの差で女の子の混じったパーティに先行されてしまいました。

しまったこの先は鎖場のある難所だ。混雑必至だろう。先に行けばよかったと思ったが時すでに遅し。仕方ないから後に続く。

案の定、鎖場では先行組が下山に難渋してなかなか降りられないでいた。
『お先にどうぞ』と誘ってくれたが断った。あの小さな子が懸命に鎖場で格闘している。この健気さが、またまたかわいい。これは見守らなければなるまいて。”頑張れ”と心の中でエールを送る。また、すこし目頭も”うるうる”してくる。山爺も最近涙腺が大分緩むようになってきました。これも老化の現れかなあ?。

『おいくつなんですか』『小学2年生です』見かけより年長だった。そうだよなあ。幼稚園児ではこの鎖場は無理だもんなあ。と、やや安心した。


このグループとは結局、道が平らになる不動の滝まで一緒に行動した。不動の滝(右画像)に13時20分到着。

滝というからさぞや立派な滝があるものと期待していたが着いてびっくり見てがっかり!、受け樋の上を水が流れて下にザーぁっと落ちているだけだった。

なんじゃこれは打たせ湯か!もとはきちんと沢を流れていたんだろうけれど何らかの
理由でこうしたのだろう。(自然に任せると水の力で沢が崩れて滝じゃなくなるからかな?)

やがて道は広い林道になりほどなく里の畑が見えるようになってきた。こんなところにもソーラー発電施設が設置してあった。最近あちこちでこの設備を目にするが今、どのくらいの普及率なのかなあ。

【山爺の一言メモ】
世界的にはトップグループにいる日本だが、国内での普及率はどれほどだろうか。総務省が公開する全国消費実態調査の平成26年度版によれば、日本における太陽光発電普及率は6.6%という数字が出ている。これは前回の調査からすると5%程度の上昇となっていて、国民の関心の高さがうかがえる結果だ。国の政策としての、太陽光発電システムの設置にかかる費用を一部援助する補助金制度などの充実も影響しているのだと思う。
前回より5%の上昇ということは1.6%から6.6%に増えたということだから急速に増えていることがわかる。しかもこの数字は平成26年度の統計だ。今はさらに増えていることだろう。安全な原発・原発と叫んでいた族議員や官僚ども、多いに反省せい!。

13時50分小川町駅からの登山口に無事に降りることが来ました。あとは里山散歩を残すのみ。ここで珈琲ブレイクしながら大休止をとることにした。

ほどなく不動の滝で追い抜いた女の子のグループが降りてきた。ここはトイレがあるので彼らも休憩を取るようだ。小さい女の子は休憩もそこそこにそばの池を覗いたり周りを歩いたり休む気配がない。まさに ♫ 疲れを知らない子供のようにぃ~である。

山爺がのんびり珈琲をすすっている間にこのグループは降りていった。

さてのんびりと車も滅多に来ない里山をのんびり歩きながら駅に戻るとしよう。

道端のゆずや生垣の南天が綺麗に実っている道をとぼとぼと歩いていきます。

お寺に続く細道や道端にある石碑も風情豊かです。こんな良いところがまだ日本に残っているんですねぇ。

14時50分紅葉で綺麗に飾られた大塚八幡神社に到着しました。神社には誰もいません。今日はすでに神社・祠に随分お賽銭奉納したのでここは割愛!第一本殿までが遠すぎます。もう疲れました。

ここは元弘3年(1333)創建だそうな。1333年と言うと鎌倉幕府滅亡の時かな?

 早々に八幡神社を辞してこのそばにある穴八幡古墳に移動します。

こんもりとした林の中にそれは鎮座ましましておりました。周りはよく整備され石室もあり保存状態も良い古墳です。円墳ですが埴輪が出土しないので被葬者が誰なのかいつごろ作られたのか分かっていないそうです。出土した須恵器から7世紀後半だろう考えられるとか。


古墳時代は大雑把に西暦250年~700年頃までなので、この穴八幡古墳は古墳時代末期ということになります。

それにしても1300年以上も前に作られた遺跡である。悠久の時を超えてこれらの遺跡を守ってきた日本人ってやはりエライ!日本はやはり素晴らしい国である。






さあ、小川駅まであと少しだ。頑張ろう。途中黒ネコがお出迎えしてくれました。
15時20分無事に小川駅に到着しました。
駅前の広場でまたあの小さな女の子グループに会いました。(遠巻きに見ただけで会話はせず)さすがの女の子も少々疲れたかな?おとなしくしていました。

今回の山歩きは低山ながら里山散歩のおまけなど見所もあり、なかなかのコースでした。

【川柳】
・静寂を 破り オババの高笑い
・女の子 頑張れ 山爺これにあり・・・う~ん、どこかで聞いたド!
・墓場でも 悠久経てば 怖くない

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さて来週の12月8日~11日は去年に引き続き高速バス利用して大阪・京都・奈良の放浪旅に出かけます。往復のバスチケット購入済みです。もう行くしかありません。

今回のチケットは片道¥3920とメチャ安です。そのかわり4列シートですが。安いんだから我慢、我慢です。京都は幕末の京都守護職会津中将ご本陣金戒光明寺から池田屋跡・龍馬暗殺の近江屋跡・土佐藩邸跡を訪ね当時の位置関係を偲んでみたいと思います。

近くに豊臣家滅亡のきっかけとなった方広寺もあるので訪れようと思います。奈良は飛鳥路散歩しながら石造物を見学する予定です。ご期待下さい。・・・なんか映画の予告編みたいになっちゃった。
(^O^)

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②作者以外の方による無断転載は禁止で行った場合、著作権法の違反となります。

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2017年11月23日木曜日

ようやく天気が安定?

11月23日現在の熊谷地方の週間天気予報です。ようやく好天が長続きしそうですが時すでに遅しです。山は冬に入りました。2000m級以上の高山は雪模様で谷川岳でも西黒尾根で腰ぐらいの積雪とか、金峰山でさえ登山口も積雪で軽アイゼンが必要との情報が。今シーズンの山爺のお泊り登山は強制終了です。来年の3月残雪期まで御預けです。なんだかなあ!。

まったく今年の夏と秋は天候不順でひどかった。秋なんか今年はあったのかなあという体たらく。ここにきて天候不順による野菜の高騰が心配になってきた。鍋食いたくても白菜よりも肉の方が安いなんて洒落にならんぜ。

里でもこんな調子だからお山もどんぐりや木の実の生育が心配です。熊さん達は冬ごもりに備え腹いっぱい食べられるのだろうか。充分に食べられなかった熊は冬眠できずに里へ下りてくるとも聞きます。これを”穴持たず熊”と呼ぶんだそうです。あん!下ネタ!だれだ変な想像した奴は・・って俺かい!

山爺は12月からは低い里山の日溜まり登山をすることになります。秩父や足利の里で腹ペコ熊にばったり出会ったりして『ど~も!』だけは勘弁してもらいたいものです。

今度の土日は気温も回復しそうなので日溜まりハイキングにいこうかなあと思っています。場所は秩父の御岳山か小川町の駅から歩ける官の倉山へでも・・・あるいは手軽な足利かなあ?

山のシーズンが終わると、2年続きで出かけた関西旅行を今年もやるべい!と、一人旅の虫が脳裏から這い出てきます。2日間の無駄時間さえ山爺が我慢すれば往復1万円でお釣りのくる高速バスはやはり魅力です。まさに”時は金なり”暇だけは充分あります。・・ってそういう意味で使うことわざじゃないっつうの!。

去年、顔なじみになった大阪、天満商店街の鉄板焼きのおばちゃん元気かなあ。

奈良は飛鳥の里を歩いて謎の石造物巡りをしたいなあ。日本最古の仏像がある飛鳥寺も訪ねてみたい。

京都は幕末の史跡、会津守護職本陣、金戒光明寺から祇園、池田屋跡~土佐藩邸、近江屋跡を歩いて豊臣滅亡のきっかけとなった方広寺の鐘(国家安泰君臣豊楽)を直に見てみたいなあ。そしてすぐそばにある三十三間堂にも立ち寄ろう。

しかし梵鐘の国家安泰の文字を見とがめて家康の名前を分断していると難癖をつけた家康陣営にはヤーさんも脱帽の言いがかりの天才軍師がいたんだろうねえ。臨済宗の金地院崇伝という坊主がこれを見つけて狂喜乱舞!?家康にご注進したらしい。
『めっけ!めっけ!』『家康殿、秀頼めがやりましたぞ、ドジで阿呆なことを』なんてネ。

【山爺の一言メモ】

方広寺鐘銘事件

大坂の冬夏の陣の発端としては、方広寺大仏殿(京都)の再建にともなう「鐘銘事件」がよく知られている。方広寺は豊臣秀吉の発願によって京都に建てられたが、慶長元(1596)年の大地震で倒壊した。その再建工事が秀吉の没後、息子の秀頼の手によって進められ、同17(1612)年に大仏殿が完成、さらに同19年4月16日に鐘が鋳造された。問題となったのは、この鐘に刻まれた「国家安康」「君臣豊楽」の銘だ。これに家康は「家康の名を引き裂き、豊臣家を讃えるもの」だと激怒したと伝えられる。

しかしこの一言がきっかけで豊臣家は滅んだのだから人のえげつない言葉は何10万の軍隊以上の破壊力があるということだ。今日でも言葉の暴力だけではいくら攻撃してもまず犯罪にならないが、少しでも実際に手を出したほうが断罪されるという理不尽がまかり通っている。言葉の暴力もなんとか刑法で立法化してもらいたいものだ。そうすれば全国の中高生のいじめの摘発にどれだけ役に立つことか。

『お前のような役立たずは』なんて言ったら”意欲損壊言動罪”とかの罪名で懲役1年とかネ!。勿論『お前なんか死んじゃえ』なんて言ったら”自殺誘導罪”で懲役5年!(^O^)

山爺は口下手?だから会社勤めの頃、仕事の上で口論すると100%負けて悔しい思いを何度か経験した。口論の最中、咄嗟に相手の弱みを突く攻撃的な良い言葉が出てこないのだ。家に帰ってから、ああ!あの時、ああ言えば良かった、こう言えば良かったと地団駄を踏んだものだ。今回の日馬富士の暴行事件も真相はどうだろうか。どうも日馬富士にも言い分がありそうだが・・・・

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2017年10月26日木曜日

秋晴れも、束の間(秩父・二子山登山記)

台風21号が去って当初の予報では台風一過の長期晴天が続くと報道していました。

それを期待し、いよいよお泊りで去年行き損なった笠取山から雁坂峠越え(八ヶ岳は今年は見送りです。)でもと画策していました。

それがなんと晴天も束の間で高気圧が二つに割れて間に低気圧が入り込み、台風一過だというのに東京は15日連続の長雨、これは実に127年ぶりの出来事です。

更に今週末も、お台風様が秋雨前線を引き連れてのご来賓ときました。こうなるともう笑うしかないね。


庶民の味方の河川ゴルフ場はすべて冠水、大宮CCではゴルフ場で巨大な魚が収穫できました。・・って洒落にならん。



温暖化の影響で温帯気候から亜熱帯気候に変わる前兆なのでしょうか。本当に気が滅入ります。



今週も木・金のみしか晴天は期待できません。これでは週末に2泊3日の山行きを計画しても、展望を望めるべくもなく、ろくな結果を得られないので延期するしかありません。平日に行けば良いのではとお思いでしょうがアルプスや八ヶ岳のような人気地域と違い奥秩父などは週末しか管理人が入っておりません。





明日(27日)敵の(天候)の隙をついて秩父の二子山にでも行こうかなあ。(´^ω^`)

二子山は秩父の坂本にある全山岩山のちょっとスリルのある山ですが紅葉が期待出来そうな山です。もう歳なので危険と判断したら途中で引き返すのもありと考えてま~す。





***続く***



昨夜のうちに急遽パッキングを済ませ27日早朝に家を出た。久方ぶりに見る青空が誠にまぶしい。

路線バスで二子山へ行くには西武秩父駅から小鹿野町で坂本行に乗り換え終点坂本まで行きます。小鹿野町から坂本まで行く便は午前中2本しかなく、このうち1本は7:00発で乗車は不可です。実質、午前中は1本しかなく電車の遅れなのでこれを逃すとこの計画はおじゃんになります。・・・小鹿野町まではそこそこバス便があります。

まあ、そのときは計画変更して秩父御岳山でも登るか!山爺の頭には常に同一方面の別の山の計画が記憶されています。こんなことが出来るのも単独行の強みです。



平日の場合は西武秩父駅発 9:04 ⇒ 小鹿野町役場下車 9:41 ⇒坂本行 9:55発 ⇒ 終点坂本10:30着、これが二子山登山の唯一の路線バスだ。

秩父線、御花畑駅 8:26 下車、駅を出てすぐ左の路地をトコトコ行くと大きな通りに出ます。左に曲がって踏切を渡るとすぐ右側にまた小さな路地があるのでそこをトコトコ行くと西武秩父駅に出られます。歩いて5分もかかりません。

小鹿野行は1番乗り場です。バスが1台停まっていたが9時までまだ30分近くもあるのでそのバスを無視し路線図を確認していると、運転手が親切に『どちらまで?』と声をかけてくれました。『坂本まで』と答えると、『このバスは小鹿野行だから乗ったほうが良い、次バスが遅れることもある』とのアドバイス。何せ当事者のアドバイスだ。素直に乗車することにしました。

乗ってすぐに御花畑駅の一つ手前の駅である秩父線秩父駅に立ち寄りました。なんと山爺が朝、通過した駅ではありませんか。この駅で下車してここから乗れば良かったわけです。
大企業の西武バスがローカル線なぞ相手(接続)にしないだろうという山爺の勝手な思い込みでした。あ~恥ずかしいったらありゃしない。でも始発に乗ったほうが確実に座れるからと自らを慰めます。


秩父線の秩父駅前からはハイキング姿の年配男女が6~7人乗車しました。どこに行くのかなあ、まさか二子山?とつまらん考えをしながら乗っていると途中から先生数人に
引率された小学生低学年の団体(30人位)がどやどやと乗ってきて、あっという間に車内は満員になってしまいました。

たぶん遠足でしょう。皆んな楽しそうにおしゃべりしています。山爺もこんな時代に戻れたらもう何もいらんと懐かしく思う今日この頃でありました。

バスは何度か何番札所というバス停に停車をしました。秩父駅から乗ったハイキング姿の年配男女はすべて混雑バスの中、ここ札所に下車して行きました。やがて小学生の団体も降りてまた車内に静寂が戻りました。登山者は山爺だけ、残り数人は地元のじいさん、ばあさんだけです。


小鹿野役場に9時9分に到着しました。降りた乗客のほとんどは9時20分に来た長沢行に乗って行ってしまい、また山爺一人がポツンと役場の待合室に取り残されました。

9時55分の坂本行のバスまで、まだ時間があります。小鹿野町観光案内の看板やパンフを眺めて時間を潰していましたがこの小鹿野町も時代から取り残されたような地域のようで随所に風情ある建物が現役のまま残っているようです。


今度ゆっくりと散歩してみようかなあと言う思いにとらわれました。


宮沢賢治も大正5年9月にこの地を訪れたようで何やら記念碑が建っておりました。

9時55分のバスがやってきたので乗り込みます。乗客は山爺と食料買出しの地元年配者の2人だけ。

バスは一路、R299を志賀坂峠目指し走ります。平坦な道路を15分も走り終えると、どんどん深い山中へ。

10時30分、ほぼ定刻通り終点坂本に到着しました。終点にしては公衆便所と屋根もないベンチがあるだけの質素と言うより粗末なバス停です。奥多摩周辺のバス停とはまるで違います。雨降ったら便所が待合か!ちと、ひどい!!

下車したのは山爺ただ1人。うん、これではバス路線があるだけでも奇跡だと納得です。バスの運転手に登山口を尋ねると親切にもよく教えてくれました。

帰りのバスの確認です。14時35分は早すぎてまず乗れません。その次は16時35分の最終便しかありません。それを逃すと帰れなくなります。いやはや何とも、すごいところに来てしまったものです。


登山口はバス停から少し下ったところを左折し少し登り返した(さっきバスが通過した細道)ところにありました。





登山口の標識が朽ちており分かりにくいので通り過ぎてしまいました。やはり本数が少ないだけにバスで訪れる登山者は少ないようで標識もろくに整備されていないようです。

バス便が不便のため登山者の大半は自家用車で訪れこの上の民宿”登人”のすぐ上にある小さな駐車場(ただの道路)に車を止めて登るようです。・・この上ったって、あなた、徒歩20分先だがネ!。

身支度を整え、いざ出発です。

舗装された山道をしばらく登ると眼前に今から登ろうとする二子山の西岳が見えてきました。

うわァ~険しそうな山だなあ、登り切れるかなあ。早くも不安が湧き出てきます。(この予感は的中してしまいました)  


舗装道路も終わり山道に変わります。途端に杉の葉や広葉樹の落ち葉が山道の上にうず高く積まれて歩きにくいし葉っぱで隠れて道が分からない。


台風21号が通過した直後なので山道が荒れているようです。この先もっと荒れているのではと嫌な予感がします。

20分ほど歩くと車道に飛び出しました。目の前に民宿”登人”が見えます。ここの民宿は2食¥7000素泊まり¥4000です。

登山口はこの民宿を通り過ぎたすぐ上にあり車3~4台が駐車できるスペースとバイオトイレがありました。今日は1台車が駐車しています。

11時12分ここからいよいよ本格登山の開始です。険しい二子山だけに万が一(遭難した場合無届け報道されるのが嫌)のことも考え、きちんと登山届けを出そうと書類を作ってきたのですが投函するポストがありません。

代わりに、かわいらしいミニハウスがあり中にカウンターが置いてあります。注意書きを読むと登山する人はカウンターを押してくださいとある。へえ~こんな入山届け初めてだ。”ポチッとにゃ”と押して現場を後にする。


最初は沢沿いの道を遡りますが台風通過の直後だけに水量が多くちょっと不安。股峠までは途中、沢を3回ほど渡り返しますが渡渉場所はいずれも沢幅が狭くうまいこと靴を濡らすことも無く通過することが出来ました。


いつの間にか沢音も聞こえなくなりましたが、道は落ち葉と小枝が散らばり雑然としている。この落ち葉の中に隠れた小枝を踏みつけようものならズルッとすべり誠に危ない。やはり超大型台風通過直後の山行きは少々無謀だったかなあと反省しきりの山爺でありました。

倒木が行く手を塞いでいます。これも台風の仕業?と思いましたがコケが着いており、かなり古い。道がここで途切れてしまった、迂回路はどこだと見回すが当たり一面落ち葉で踏み跡が分からない。



大体、この二子山は他の山でよく見かける樹林に結びつけたピンクのリボン目印がろくについていない。申し訳程度に岩の上に載っている小さなケルンだけが頼りです。山の初心者は来るなと言うことかな?

樹林帯の山道は普段なら最も分かり易く何の問題も無く歩けるのだが今日は台風のお蔭で落ち葉がうず高く堆積してしまっており随所で進路が分からなくなり立ち往生してしまう。

登山用語で言うところの”ルートファインデング”を何度もやらされた。・・・ルートファインディング・トレイル・トレース、自称上級登山者はやたら英語を使い登山初心者を煙に巻く傾向にある。

山に限らず今でもやたら英語を日本語に混ぜて使う輩が居るが、これをかっこよいと思っているようなら先の大戦で敗戦後、日本の文化について何でも否定し横文字に迎合した卑屈な精神の影響だろう。

日本の歌なのに所々英語を混ぜて悦に入ったり、英語使うなら歌詞全部英語にせい!と言いたい。マニフェスト・エビデンスなど一体ここはどこの国だと思ってしまう。極めつけは日本国内の企業なのに英語を公用採用しているとんでもない会社もある。山爺はそういう考え嫌いだなあ。海外に進出しても公用語は日本語!と言った発想になぜならないのだろう。

『この天丼の中身は?』 『えびでんす』 なら分かるけどねえ。(大笑)(^0^)

前述の登山用語の英語は方向探索・自然道・踏み跡と立派な日本語があるのだからそれを使えばよいではないか。

紅葉にはまだ早い広葉樹樹林帯を注意深く歩いていると左手の上のほうでガサガサと大きな音がした。

その方向に目をやると何とラグビーボールくらいの大石が山爺目掛けてエライ勢いで落ちてくるではないか。

そのまま真っ直ぐ落ちてしまえば当たることもなさそうな感じだが、どこでバウンドして方向が変わるか分からない。あんな物の直撃を受けたらとんでもないことになる。身構えて避ける体勢を取る。


結局大石は山爺の3mほど前をすり抜けて谷に落ちていった。落石が来た方向に登山道はない。台風影響による自然落石だろうか、周囲を見ると大振りな石がアチコチに落ちている。ここは落石の巣なんかなあ?あるいはずっと上の西岳稜線を歩いていた奴が落としたのかもしれない。いずれにせよ多いに肝を冷やした。


気を取り直して歩いていると上のほうから人声が聞こえてき、やがて年配の男女が降りてきた。今日初めて登山者に会いました。

『東・西、両方登ったんですか』
『はい、良い天気ですばらしい展望でしたよ』

駐車場に停まっていた車の人たちかな?あるいは昨夜民宿に泊まったのかな?いずれにせよ両方登山して午前中に下山してくるのだから早朝に登りはじめたに違いない。

こちら(山爺)は今だ股峠にさえ到着していない。12時までには峠に出ないと西岳登頂の時間がなくなる。(初めから東岳は除外)やや焦りが出てきた。やはり前日に民宿利用したほうがよかったのかなあ。

ようやく前のほうが明るくなってきた。峠近くなるとよくある現象である。12時40分ようやく股峠に到着した。登り始めが10時45分、ほぼ2時間で到着だ。コースタイムによればバス停から休憩抜きで1時間40分だから、あの悪路を考えるとまあまあではないか。

ここから西岳まで一般コース選択で40分と掲示板に書いてある。その横には”急告”事故多発、慎重にとの物騒な注意書きまである。


どうしようかと迷ったが40分歩いてみて
その時点で山頂に到着しなかったなら、あきらめて引き返そうと決心し休憩もそこそこに西岳に向かって前進することにしました。

この時点で初めから登山見積もりが甘かったのかなあと薄々気がついた。

他人の山行の記録をPCで検索し参考にしたのが間違いでした。

【山爺のぼやき】

他人のブログのデーターは次の通り

坂本BS10:30→股峠11:25→東岳→股峠12:25→西岳13:15→魚尾道峠→坂本BS15:30


休憩抜きで股峠まで1時間40分の標準コースタイムをたったの55分で歩いている。(本当かね?)随分健脚だ。

 健脚にしては西岳までに時間が掛かっているがそこから先が2時間15分(休憩抜標準2時間40分)とまたやけに早い。データーを鵜呑みにしてしまった山爺の失策です。



急な樹林帯を登りますが例の落ち葉と雨のぬかるみが抜けていないのでやけに滑る。痩せ尾根なのでバランスを崩すと滑落し遭難必至だ。慎重に進まざるを得ない。当然時間もかかってしまう。

目の前に大きな岩壁が現われた。上級者はここを登るのかなあ。わしゃ無理だわい。いよいよ岩がごろごろ現れストックが邪魔になってきた。

しかしながら足元がすべるのでストックをしまうのもはばかられる。ストックを折り畳み手にブラ下げながら3点確保を心がけ慎重に足を進める。


と、目の前に鎖場付きの大きな岩が行く手を阻んでいる。この岩を横切らなければならないのだが山爺の胸辺りが岩の出っ張りに当たるので誠に具合が悪い。

腕だけで体を支えながら移動しなければならない。もちろんこの下は切れ落ちており手を離せば山爺は全巻の終わりである。

小鹿野町の観光課さ~ん。これハイキングのレベルじゃないよ。
それにしてもここは他の岩山と比べると鎖の数が極端に少ない。

ブログ書き込みや現場の注意書きによれば、ある登山家?達が二子山の上級コースを登ったとき、こんなに鎖をごてごて着けられては面白みがないし返って危険だ。
鎖やボルトが腐食したりして抜け落ちて事故になったら誰が責任をとるのかと曰ったらしい。で、ムッとしたこの山の管理関係者が大半を取っ払ってしまったらしい。

まったく、かっこつけて余計なクレームつけたもんだ。これだから自称登山家は嫌いである。

『俺は鎖なんかなくても登れるよ~』
と、自慢がしたいのだろうけれど、そんなに鎖が嫌いなら自分だけ別の場所を登ればいいだろう。ここ数年滑落事故が多発しているのはこのせいではないのか?、クレーマー達のうぬぼれた心無い我がまま要求にはあきれ返るばかりである。

注意深く更に登ってゆくと眼前にで~んと垂直の岩場が現われた。

最初真ん中にあるくぼみに足を入れようとしたが山爺の短い足ではまるで届かない。・・(´Д⊂ヽウェェェン

鎖を持って一旦左側により左足を足場に乗せてエイ!と立ち上がりそこから右足をもう一方の足場に乗せて移動するがその上には足場が無い。力任せに両腕のみで体を支え懸垂、漸く登り切った。登ったはいいがどうやって降りたらいいのだろう。参ったなあ。

どうやらブログに書いてあった2箇所の難所はクリアーしたらしい。

とはいえ険しい岩場がまだまだ続くことに変わりは無い。

漸く視界が開ける場所まで上がって来ました。ここまで来れば山頂まであと少しのはずですが・・・時計を見ると13時25分を指している。

14時までに股峠に戻らないと最終バスに乗れるかどうか分からない。何せ荒れた険しい山道だ。登りよりむしろ下りのほうが慎重さが要求され時間が掛かるかもしれない。残念だが後ろ髪惹かれる思いで引き返すことにする。山は逃げない。また来るさ!って、ここの再挑戦はどうかなあ。


しばし風景を眺め見納め?としました。先ほど苦労してクリアーした大岩を今度は下るのですが足場に足が届かなく何度もやり直しをしました。何せ下りは足元が見えません。高い所に登って降りられなくなった猫の気持ちが良く分かります。


漸く2箇所の難所を再び切り抜け一休みをしていると上のほうから1人登山者が降りてきました。やはり難所では苦労をしていたが渡り方は山爺より早くて上手い。岩場に手馴れているようだ。


『こんにちは、さっきこの上の案内板まで行ったのですが時間切れで引き返しました』
『なんだ、そこから5分~6分くらいで山頂ですよ』


あちゃ~残念だなあ。もう決めたんだから仕方が無いね。登山とは
 ・無事に下山するまでが登山・・・その通り!

・山ではごみと命は持ち帰り・・・含蓄のある格言だなあ。ゴミはともかく命はその辺に捨てては絶対に駄目です。後片付けが大変ですから。

ちなみに山頂付近の尾根道はこんな感じです。やはり引き返しが正解だったかな。こんな岩がごろごろしている所では還暦もとうに過ぎた爺にはふさわしくない山かも!。


その後もストックを前に出して支え、滑らないよう慎重に1歩1歩、足を前に出します。下山の時のスリップは即、転落事故につながるので絶対にやっては駄目です。慎重に下山を続けて14時ちょうど、無事股峠まで戻ってきました。


ここまで降りれば一安心です。急ぎ遅い昼食をとることにしました。

定番のおにぎり・サンドイッチとドリップ珈琲で慌ただしいなかにも、まったりした昼食を楽しみます。峠は山爺一人だけ、周りは静寂そのもので聞こえるのは鳥のさえずりと風の音だけ。

ここまでくればあと2時間もかからずBSに戻れるだろう。山爺至福のひと時です。

心も落ち着いたので14時25分、坂本バス停に向かって下山開始です。

登ってきたときは急いでいたので気がつかなかったが股峠付近はやや紅葉が進んでおりました。山頂付近はもっと綺麗だったんだろうなあ。と未練が残る一瞬でありました。

下山もこんなふうに落ち葉だらけで歩き難いことこの上なし。この中に潜んでいる折れた小枝が曲者で踏みつけるとコロの原理でズルっと行きます。剣呑、剣呑。

 小枝に注意しながら、うつむき加減で歩くのは首が疲れてしんどいです。

いつの間にか沢音が聞こえてきました。半分近く降りてきたようです。

荒れ果てた危なっかしい丸木橋が出てきました。『あれえ!こんな橋、往きにあったかなあ?』こんなバラバラでは危なくて渡れません。

下に降りて渡渉地点をさがして無事に渡り終えました。


 傾斜も緩やかになってきたので一安心、やや歩調を上げてひたすら下山します。
無事に民宿の上の登山口まで戻ることが出来ました。

車道を横断し再び山道に入ります。まだまだ油断は禁物、慎重に最後の下山再開です。

朝望んだ西岳が夕映に綺麗に見えました。う~ん、登りたかったなあ、残念です。



 山道をすべて通り抜け、里道に出ました。坂本BSへはもうすぐです。熊出没注意の看板が!、
『ここも、熊出るんかい』

いつものことながら、だからどう注意せいって言うんじゃ!熊さんこんばんは、って、ご機嫌取ればいいのかな?
16時11分、無事にバス停に降りてきました。日も落ち始めて気温は12℃を指しています。ちょっと寒くなってきました。

最終バスの時間まであと30分足らず、あのまま頂上を目指してもギリギリで間に合ったかもしれませんが慌てて下山することになり転倒その他で不測の事態が起こっていたかもしれません。

山は常に余裕を持って行動するのが鉄則です。

下手すると間に合わなかったかも?やはり引き返しは正解だった。・・・と自らを慰める山爺でありました。

【川柳】

・二子山 落石、難路に、締め出され。
・心無い 山屋に 安全取り去られ。
・クライマー クレイマーとは大違い。

秋晴れも、束の間 (秩父・二子山登山記)の項・・・完


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