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2023年4月12日水曜日

老骨に鞭打ち残雪期登山(那須茶臼岳登頂残夢録)


 2019年の5月に谷川岳に登って以来、残雪期の登山をしていない。あの時は季節外れの30℃超えの猛暑に見舞われ暑さと老化現象が相まっていささかバテ気味で山小屋にたどり着いた。猛暑により雪面は溶けた状態だった。合成繊維の登山靴では防水加工されているとは言え結局、内部に水が少々侵入した。まあ普段靴の手入れをろくろくせずに履き続けので防水膜がすっ飛んだのが最大の要因ではあると思うが・・・

やはり残雪期は革製登山靴に限るのかなあ。革製登山靴は若い時に履いていた歴戦の革製登山靴が一足あるにはあるが、靴底がすり減り、手入れ怠ったので内外ともカビだらけのガッビガビ~。とても履けたものではない。

そんなわけで新しい革製の本格登山靴が欲しくなった。しかしながらあと何年山歩きができるか分からない。新品購入は高額で贅沢だ。ここはヤフーオークションに頼ろう。

というわけで気長にヤフーオークションで入札を繰り返し、負け続けること数回、ついに中古品ではあるが(数回履いた程度と説明書き)本場オーストリアのKastinger社製 26cmの物件を格安で落札した。2020年6月のことである。

手元に来るまではどんな代物かいささか不安だったが、届いてみるとこれが新品と変わらない。¥5280なら安い買い物だろう。

履いてみるとピッタリで誠に具合が良い。そのまま家の周りをぐるぐると歩いてみる。まるで新しい靴買ってもらったときに嬉しくてはしゃぐ子供の仕草だ。古希がとうに過ぎた爺様のやることではない。(^^♪

具合は良いが重たい。片側で900g、合成繊維製の倍以上ある。こんなに重たくちゃあ無雪期には無用の代物だなあ。コロナの流行も相まって爾来、靴箱の主と化し隅に鎮座し続けて早3年近くが過ぎた。手入れだけは時々クリーム塗ってやりましたけどねえ。


今年こそ残雪期の山へ行かねばと奮起し3月20日以降連日天気予報とにらめっこ・・桜が咲く頃は北の寒気と南の暖気がぶつかり合い天気が悪い。今年も連日の雨模様だ。ようやく28日頃より好天が続く予報が出た。ついに革靴くんの出番が来たのだ。

それにしても山爺、谷川岳の時はピッケルを新調したから、今回は革靴買ったからと、出かける動機が相変わらず逆だなあ、我ながら呆れた。普通の人は行くから買う、山爺は買ったから行く。笑えるわ。

情報によれば今年も暖冬で、もはや積雪は少なそう。ピッケルも出番はないかも知れないが買ってから1度しか使っていない。かっこ付けのためザックにくくりつけた。

出発は3月30日(木)場所はロープウエイが使える楽チンコースにしよう。那須の茶臼岳に決定。ここなら若い頃から厳冬期も含め何10回も訪れているので勝手が判って安心じゃ。

下山後は旅行支援を利用して塩原温泉でのんびりし、翌日は付近の渓谷を散策じゃ。

3月30日の早朝に家を出て、那須ロープウエイ山麓駅に9時30分頃到着した。お天気は風もなく上々。ロープウエイも動いている。片道切符を買おうと自販機に行き料金表示を見て驚いた。下調べでは¥950のはずだが、こんなところまで値上げの余波が・・・げげっ、¥1200だとお!¥250も値上げかい!ロープウエイは100%電気がエネルギーだから仕方がないか。

さらに切符出口に雷に注意の張り紙がある。
『なんじゃあ、これは』

係員のおばさま曰く『雷注意報が出ていますのでお早めに下山してください・昨日も午後から雷が出ました』

『ええ~!雷様出るんかい・弱ったなあ』

禿山の茶臼岳山頂で雷様に出くわしたら避難する場所がないゾ、えらいことになったなあ。

切符買っちゃったし、とにかく行くしかない。様子が変わったらロープウエイ山頂駅に駆けも込もう。

山頂駅に10時10分到着。


表に出て観望、天候状態の様子を見る。良い天気だ。登山道に雪はほとんどなし。これではチェーンスパイクもスパッツ(足に巻くゲートル様の装備)もいらないなあ。ピッケルなんぞお荷物そのもの、重いだけで役立たず。

雷公めのご降臨は恐らく3時以降だろうと正常性バイアス思考を発揮して、いそいそと出発。山頂が見えます。あれえ、山頂ってあんなに遠かった?

【山爺の一言メモ】

正常性バイアスとは

人が危機や以上に直面したとき現実を認めず自分に都合の悪い情報を無視したり過小評価し楽観してしまうこと。『まあ、俺の身にそんなことが起こるはずがない』という能天気な感覚ですわ。この行動心理は悪く扱われる傾向にあるけれど、いざ危機に陥ったとき正常性バイアスを持ち合わせていない人は逆に危険でもある。ビビって1歩も動けなくなる恐れが・・もちろん100%持ち合わせる人はもっと危険、予知能力が乏しく、匹夫の勇で即戦死。(^v^)

お山に雪がなくて拍子抜けですが、左から吹く風の冷たいこと。家を出る時から着ていたアウターが脱げず着っぱなし。

右手に偽穂高の異名をとる朝日岳が見えます。例年今頃は雪をまとっているはずなのですが長雨で溶けてしまったのでしょうか、ほとんど残っていません。

左手に目をやると黒雲が確認されます。冷たい風はそちらから吹いてきています。
まずいなあ、雷雲かなあ。耳を澄ませて聞き耳を立てるが聴こえてくるのは風の音だけ。

念のためラジオを取り出してNHKに合わせて見る。雷発生時に出るガリガリ音は出ていません。ただの雨雲のようで一安心。

ずいぶん高度を上げました。秀麗な朝日岳の全貌が現れましたが雪化粧が皆無で景観イマイチ・・・残念です。

それにしても山頂が遠いなあ。ロープウエイ使っての茶臼岳登山は20代後半以来だ。あの時はひょいと到達したような記憶しかありません。

もう2時間近く登り続けているのに山頂は見えません。こんなにキツかったかなあ。

これが老いると言うことなのでしょうねえ。情けないことです。

ようやく前方に山頂の鳥居が視野に入りました。うへえ、まだあんな先だわ。参ったなあ。頑張らなくちゃ。


12時にようやく山頂にたどり着きました。コースタイムの倍近くかかっていますが途中、写真撮ったり雷様の確認作業もあったりしたから・・・遅れました、はい。(*゚▽゚*)

先ほど右手に見えていた黒雲がついにやってきて山頂を覆い出しガスの中、寒い!!。せっかく持ってきたピッケルなのでこれを持って山頂の祠を入れての記念撮影。

岩陰に避難して急ぎ昼食をとります。メニューはサンド・助六寿司と熱いミルクセーキ。寒い環境での暖かい飲み物は誠に旨いものです。ガスコンロ持ってきて良かった・良かった。

あんなに晴れていたのに一点俄かに、かき曇り、アラレ様の雪が降ってきました。これだから山の天気はわかりません。

こんなところに長居は無用、茶臼岳は活火山、お鉢周りしながら下山しよう。

火山だけに大きな岩がごろごろ、浮き石も沢山あり一瞬たりとも気が抜けません。うっかり乗って転倒したら無事では済まされません。



長雨のせいか珍しく火口に池というか、水たまりが出来ています。これも火口湖??
茶臼湖の出現です。


おおっと、初めて大きな雪田が現れました。
なだらかなのでチェーンスパイクは使用せず踏跡に足を重ねて慎重に下ります。
またまた雪渓が現れましたがその先はまた露岩だらけのルート、チェーンスパイクの出番はまだまだ。
下りでの休憩ポイント、峰の茶屋避難小屋(赤丸)があんなに小さく見えます。

ええ~!!あそこまで下るのかいな、大変だあ。ヽ(`Д´)ノウワァァァン

山頂から避難小屋まであんなに離れていたかなあ、若い頃の記憶が大分曖昧になってきました。
雪をまとった左後方の尾根は三斗小屋温泉に続く尾根。

三斗小屋温泉(大黒屋)が越冬常駐していたとき真冬(正月)に何度も通った馴染みのルートです。

通年営業がなくなってからはご無沙汰ですが今となっては真冬の通過は夢のまた夢。

岩のゴロゴロするなか慎重に下り続けてようやく峰の茶屋避難小屋まで降りてきました。

ここまで降りてくれば一安心。もう危険箇所はありません。時計を見ると午後2時。

心配された雷様も遠慮してくれたようで天気も回復の兆しが出てきました。
避難小屋は目立つ扉は蟄居閉門のようにバツ印で閉鎖してありますが裏側が空いてました。

何10回と訪れている那須連山ですが茶臼岳登頂は意外と少ない、今度で5回目?くらいかなあ。
後方に見える朝日岳は夏冬含め数多く登っていました。これが最後かも知れないので記念にパチリ。

それにしても朝日岳、かっこいいなあ。
左画像の下り口は三斗小屋温泉に至る最短ルートの下りです。どこにも登らず正月にここ経由で何度も大黒屋を往復しました。

ここ峰の茶屋(峠)は風の通り道。厳冬期はいつも強風が吹き荒れる難所で往生しながら峠越えをしたものです。(ピッケル刺しながらほふく前進を強いられたことが何度も)

こうやってみるとずいぶん急だったんだなあ。アイスバーンのときもあったけど滑落したら一巻の終わりだったじゃん?

後方のピークは朝日岳経由で三斗小屋温泉に至る尾根の途中にあるピーク、隠居倉1819mです。ここで地吹雪の中、昼食を採ったこともあったなあ。

思い出で感傷に浸るのはここまで。まだまだ下山しなければなりません。

ずんずん下るといよいよ雪が現れました。ここから先は登山口まで雪が続くに違いない。

チエーンスパイクを装着して安全確保。

登山に限らず、物事は得てして万事、もう少しというところで事故は起きるもの、面倒だからと横着を決め込むのは剣呑です。


予想通り雪の連続でした。しかも溶けてぐちゃぐちゃ・痩せてとんがった箇所もあり油断がありませんでした。

登山口に無事降り立ちました。雪が少ないなあ。昔は3月末でも鳥居はてっぺん近くまで雪に埋もれていた。

ここまでくればロープウエイ駅まであとわずか、道も安全です。

15:40無事にロープウエイ山麓駅に戻ってまいりました。
さて、今夜の宿 塩原温泉の八汐荘に急ごう。

【塩原温泉で温泉ざんまい】・・・翌日はやしおコースの散策です。


八汐荘は新スタイルの旅館です。基本は素泊まりの宿です。いわゆる旅館でのいたれりつくせりの世話はありません。部屋には空の冷蔵庫が置いてあり持ち込み使用が自由。

夕朝食は幕の内弁当が提供されます。

フロント前にショーケースに入った冷凍幕の内弁当5種が常備してあり朝夕好きな時間に引き取り電子レンジで温めて食べることができます。これで料金は¥5200(入湯税¥150別)と格安です。

こんなシステムですからチェックインが遅くなっても大丈夫、山歩きする者にとっては下山時間が読めないのでこんな宿の方が便利です。

施設はもともと大規模旅館が身売りしたものなので安かろう・悪かろうではなく部屋は広く清潔でバストイレ付き。温泉も大浴場と露天風呂があり広くて湯量豊富、文句のつけようがありません。

これに比べたら今日日の山小屋は素泊まりで寝具の提供もなく雑魚寝状態で¥6000~¥7000 特権に胡座かいた殿様商売ではいずれ滅びる運命でしょう。少しは営業努力をしないとねえ。現に昨今、土日営業だけの山小屋が多くなりました。

今回は旅行支援キャンペーンを利用させてもらったので宿代はさらに20%引き、地域クーポン¥2000頂きましたので申し訳ないくらいお安く利用させてもらいました。ありがたや・ありがたや。

さて、翌朝も良い天気です。朝風呂入ってフロントで鮭弁当を受け取り、電子レンジでチ

ンすること5分、サーバーから無料コーヒーを汲んできて朝食・『うん、旨いじゃあないか』山爺、至福のひと時です。・・って、こんなんで至福とは、安上がりな性格だねえ。
塩原温泉はモデルとなるハイキングコースや散策路が数多くあります。さて、天気も良いので2時間弱の渓谷歩きでもしよう。今日あたりは早咲きのヤシオツツジが咲いているかな?。やしおコースでも歩いてみるか。



七つ岩吊り橋停留所から吊り橋を渡ってビジターセンターへ。


おお、コース名のとおりヤシオツツジがきれいに咲いています。
ちょいと、時期的に早いかなと思っていましたが、満開じゃあないか。期待していなかっただけに感激もひとしお。
福渡橋から渓谷に降りて渓谷沿いを歩きます。
途中でヘルメットにライフジャケット?を着た大勢の人に遭遇しました。4月2日より渓流釣の解禁で今から渓流魚を放流するようです。いつもなら半纏に向う鉢巻姿で放流するのでは?( ^ω^)今日はやけに出で立ちが物々しい。京都で渓谷下り船が転覆、船頭が死亡という重大事故が起きたばかりなので関係者からのお達しなのかも知れませんね。急流では水位がひざ下くらいでも転倒すると流されて起き上がれず溺死する恐れがあるとか。渓流を舐めてかかってはいけません。ヘルメット・ライフジャケットで作業は正しい装備なのかも。

岩の湯通過、ここは公共露天風呂でした。¥300で誰でも入れたので山爺も何度か入ったことがあります。吊り橋のそばにあるので観光客から丸見え。いまは土砂崩れの恐れがあるので閉鎖・廃墟となっているようです。ここからは山道です。
木々に囲まれった不動の湯に到着です。ここも風情ある良い公共湯で山爺も入浴したことがあります。登山道沿いにあるのでハイカーから丸見え温泉。これが災いして閉鎖に追い込まれました。
閉鎖の理由は
①ワニ族の出現
ワニ族とは近年の秘湯ブームで勇敢な女子の入浴客が出現、これ目当ての下衆な輩どもが付近の藪に隠れていて女子が入るとやおら衣服脱ぎ捨て一緒に入る・・ワニが獲物狙う様に似てるのでワニ族と命名
②同一の若い男女グループが月に1回の頻度でやってきて卑猥行為に及ぶ。(避妊具をあたり構わず投げ捨て)
③映画屋が卑猥映画撮影

そんなうわさ聞きつけた映画屋があろうことかここ舞台のエロ映画撮影

これに怒った塩原温泉観光協会は湯の供給を止めて閉鎖してしまった。という顛末です。                 本当に世の中、馬鹿が多くて困ったものです。ほんのひと握りの助平親父どもや低脳な若者どもの行動でせっかくの風情ある施設を台無しにしてしまいました。いまは代わりに足湯が新設されましたが、そんなもん、誰も入らんわ。
小さな沢沿いによく整備された散策路が続いています。こんなによい景観の途上にあった野趣あふれる露天湯の閉鎖は本当に残念でなりません。犯行に関わった助平親爺やゲス野郎どもめ、その罪、万死に値じゃ。

途中、何度もヤシオツツジが咲き誇っていました。










周りの木々はまだ新芽が膨らんだばかり。ヤシオツツジって早咲きなんだなあ。

と、傍らに茸のようなものが・・・電気工事に使う絶縁碍子のようです。なんだってこんなところに落ちてるんだ??謎です。
布滝(ぬのたき)の観瀑台が見えました。案内パンフレットに布滝観瀑台とあるのでさぞや立派な滝だろうと期待していたのですが、ん、ん、滝?これが?ただの急流じゃん。
こんな滝なら山に入ればいくらでも見ることができます。

目を右に振ると渓流の中に釣り人がいました。赤丸印、渓流釣解禁は4月2日なので今日は解禁前、しかしながら今日の放流日を何かで知ったための確信犯に違いない。ずるい人はどの趣味にもいるんだなあ。

それにしてもどうやってあそこに降り立ったのかなあ?左は布滝・右は絶壁が遮って左右からの侵入は不可能。付近にゴムボートもない。恐らく赤点線に沿って降りてきたに違いありません。足滑らして落ちたらただではすみません。釣り人とはなんと無茶をする人種であることか。




やしおコースの終点、箒川ダムに到着。これでダム?可愛らしい小さなダムです。このダムを渡れば車道に出られますが車道までがひと登り、しんどい。11:30やしおコース散策終了。
車道に上がって見下ろした布滝です。なるほどここからなら滝に見えなくもないなあ。

先ほど見た釣り人が居ません。移動したのかな?でも左右は塞がっているし。まさか釣りに夢中になり渓流に落ちた!!
Σ(゚д゚lll)。

さて、腹が減ったゾ。竜化ノ滝バス停はこの近く、そこから八汐荘のある街までもどり塩原名物のスープ焼きそばでも食してみよう。
門前温泉?にあるこばや食堂ではスープ焼きそばなる奇妙なフードメニューが話題になっておりテレビで何度も放映された。塩原温泉愛好家の山爺としては食レポせねばなまい。

店に到着すると平日だというのに行列ができている。待つこと20分、やっと店に入れた。
客のほとんどがスープ焼きそばを注文している。厨房から匂ってくるのはソース焼きそばの匂いそのもの。

すぐに山爺のもとに珍品が運ばれてきた。
まず、スープを飲む。鶏がら味のラーメンスープだ。次に麺を頂こう。やあ、こりゃあソース焼きそばそのものだわい。美味しいなあ。

食べ進めるうちに麺とスープが混ざり合い不思議な味に変わった。食べ終わった客席の丼を見るとスープをたっぷり残している人もチラホラいます。好みの分かれるところかなあ。お店のご主人!私は美味しかったですよ。

【川柳】
・古希も過ぎ こんなはず連呼の 山、ゴルフ
・破廉恥な 輩に潰さる 野趣湯かな 
・山屋より 釣り師得てなる 岩登り
・焼きそばと ラーメン混血 こばや店
・繁忙で 誤て作りか 汁焼麺

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②作者以外の方による無断転載は禁止で、行った場合、著作権法の違反となります。

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2023年3月16日木曜日

春風に誘われて(足利西渓園散策)

 ずいぶん暖かくなった。ついこの間まで寒くて縮こまっていたが、明日3月11日は気温が20℃を超える勢いとか・・寒さにかまけて運動不足が続いている。これは出かけねばなるまいて。

近年、暑さ寒さの変わり方がゆるやかでなくなったと思うのは山爺だけだろうか。昨日まで寒かったのにいきなり夏日とか、極端な変わり方が多くなったよう気がしてならない。

急な変わり方の主因は地球温暖化の影響による上空のジェット気流の蛇行にあるらしいとは理解してはいるのだが。それにしても急激な寒暖差は年寄りの山爺には堪えるわ。

足利の織姫神社のそばに西渓園という梅の名所があることは以前より知っていた。ここは私有地であるが持ち主の善意で無料で園内を開放しているらしい。山間部なので梅、まだ咲いているだろう。



いつものように思い立ったが吉日、急ぎザックにカメラやら帽子やらタオルを放り込み、いそいそと出かけてみる。土曜日の朝の下りだから電車は空いていた。土曜日なら混んでるだろうって、ちっちっち!。足利方面の平日の早朝は、やんちゃな高校生だらけで囂しいのである。

足利市駅に9時前に到着。駅を出て自慢のセミ一眼カメラ、ニコンCOOLPIX-P500を取り出して撮影準備をするも、『あれえ、動かない』・・・あちゃーまたやった。バッテリー切れだ。予備のバッテリーは、あ?持ってきてません。山爺またもやっちまったなあ。今日も予備カメラのカシオコンデジEXZ-370だけが頼りです。トホホ。

さらに不祥事は続く、ザック内に入れたはずの帽子がない。確かに入れたはずなのに、さてはコンビニで買い物した時に無意識に取り出して戻し忘れ?駅で電車待ちの間に飲み物取り出した。あのときに落としたのかなあ?。お気に入りの帽子だったのになあ・・・凹むことしきりです。あ~嫌だ、やだ、ボケたのかなあ、情けない。

駅を出てまず森高千里ちゃんの歌”渡良瀬橋”で有名な渡良瀬橋を渡って織姫神社前に到着、織姫神社は高台にあるので参拝は省略。左折し100mも歩くと西宮入口と書いた小さな案内を見つけた。ここを右折。

ちょいと歩くと長林寺の案内板が目に止まる。ここは足利地方の名門、足利長尾氏の菩提寺らしい。ちょいと覗いてみよう。

門前に可愛らしいお地蔵様が左右に3体ずつお出迎え。
左には”葷酒山門に入るを許さず”とあるので禅宗のお寺のようです。

【山爺の一言メモ】

長尾氏は、桓武平氏の一族で、相模国鎌倉郡に拠って鎌倉党といわれた武士団に属し、同郡長尾郷を本貫の地とした。いわゆる坂東八平氏の一つである。
鎌倉時代の記録である『吾妻鏡』には、為宗(為景)・定景、定景の子景茂・胤景・光景、景茂の子景忠・為村・為景・定村等、長尾氏の人々が記されている。長尾氏の家系については諸説があり、伝わる系図も異同が多い。それら諸系図によれ
ば、『吾妻鏡』にあらわれる長尾氏は鎌倉権五郎景政の系統となっている。
 

為景・定景兄弟は、頼朝の挙兵のとき大庭景親らとともに平家方について頼朝と石橋山で戦った。その後、頼朝に降服した定景は三浦義村に預けられのちに許されたが、鎌倉時代を通し長尾氏は総じて振わなかった。定景と一族は三浦氏恩顧の下に立ち、承久元年(1219)、定景は将軍実朝を殺害した公暁を三浦義村の命によって討伐に向い、首尾を達して公暁の首を義村


に献じている。この定景の行動は、三浦氏の被官としてのものであり、御家人としての主動性は認められない。とはいえ、長尾氏は将軍の供奉人、随兵、将軍臨時外出供奉人としても行動しており、三浦氏の一族として長尾郷を本拠とする御家人の立場でもあったようだ。

去年の大河ドラマ鎌倉殿の13人に関連のあった人物なのですねえ。世間は狭い。


本堂へは急な石段を登らなければならない。山寺は見た目には風情があるが訪れるのはしんどいですわ。(;´ρ`)

本堂に到着。誰もおらず静まり返っています。
この寺には七福神の布袋様が祀ってあり足利七福神として市の広報パンフに紹介されています。




本堂の左手に墓所があります。長尾氏の墓所もここにあるようですが
探索は控えます。






石仏が朝日により陰影がくっきり出て美しい。

さて、先は長いので長林寺はこのへんで。




坂道を歩くこと6~7分で西の宮神社の大鳥居に着きました。


高校生?7~8人が石段を駆け足で登り降りしています。
部活の訓練なのかな、楽しそうに『もう一丁』など声を掛け合って元気よく走ってます

『おはようございま~す』とすれ違うたび生徒さん達から挨拶された。・・おお、礼儀正しいなあ。すぐ横の高校の生徒さん達かな?(足利工業高校)挨拶されたら返礼せねばなるまいて。

『皆んな元気だなあ』『いつのまにかこんな爺さんになっちゃったよ』『俺も君たちの年齢に戻れたらなあ。あとは何もいらんよ』・・・・生徒達(笑)・・ウケた。

宮の説明板があります。1603年の創建というから徳川家康が関ヶ原合戦に勝利した3年後、江戸幕府を開いた年だから古いと言えば古いが神社の多くは平安~鎌倉初期だから新らしい部類ともいえるかな。ここは商売繁盛の恵比寿様が祀ってあり足利七福神の一員として広報パンフレットに紹介されています。

本宮は長い石段の上にある。どれ、若人に負けずに登りますか。高校生らの視線を背中に感じながら石段を登り始める。途中で息が上がったが、やせ我慢して平然を装い休まず登り切る。生徒達から『やるなあ、爺さん』との声が聞こえそうだ。(^v^)

本宮が見えてきたがここも長林寺と同じで誰もいない。静寂そのもの。
遠く下の方から例の高校生らの掛け声が時々聞こえるだけである。

さて、恵比寿さまはどこに祀られているんだろう。
おお、本宮裏手に案内の矢印が・・・
本宮裏手に奥の院と祠群が鎮座ましましてます。左の祠は稲荷さま。右の祠、奥の院寄りは須佐之男命で右はじは地方の神様のようです。

奥の院がどうやら恵比寿を祀ってあるようなのですがシャッター下りていて中が見えません。

はて、恵比寿様とはいったい何者。

【山爺の一言メモ】

恵比寿様の両親は天地創造の神様イザナギ・イザナミです。古事記に記されているように
『まぐわいせ・まぐわいせ』と興奮し叫びながら子作りに励んだ結果、生まれた第一子が恵比寿様、その名を蛭子命(ひるこのみこと)と呼びました。

名のとおり蛭のような奇形児で生まれたので葦船に乗せて海に流してしまいました。・・って、おいおいそれって育児放棄?いや子殺しだろう。ひどい夫婦だなあ。

奇形の原因は、はしたなくも女から、いたしましょうと声を掛けたからだ。・・次は男から声を掛けて、いたしてみようと相談した。・・ってずいぶんと脳天気な夫婦だなあ。・・そんな風にして、いたしたところ健康児を授かった。ちなみに第二子は天照大御神、第三子は須佐之男命です。

流された蛭子命はしぶとく生き抜いて兵庫県の西宮付近に流れ着きます。
この土地には流れ着いた珍しいものを”恵比寿”として大切にする風習があったそうな。
そんな理由でこの哀れな蛭子命も大事に育てます。

蛭子命⇒夷三郎(えびすさぶろう)⇒夷三郎大明神⇒戒大神(えびすのおおかみ)⇒恵比寿神と大出世を遂げました。めでたし・めでたし。

だから西宮神社は恵比寿様が御祭神なんだ、恵比寿様が海に関係あるのもそういう訳か・・納得です。

さて、だいぶ寄り道してしまいました。西渓園に急ぎましょう。なだらかな坂道をずんずん歩いてゆくと左手に学校が見え右手に坂道があります。ここを登りきった行き止まりが西渓園です。駐車場もなにもありません。行く手には山道のみ。やあ、梅が満開だ。間に合ったぞ。


ここは私有地、所有者が善意で開放しているだけなので俗人が喜ぶような屋台や土産店のたぐいは一切なし。休憩のベンチすらありません。

広い園内は土曜日だというのに山爺のみ。

あるのは園内いっぱいの梅だけです。




食用梅採取が目的だから花も小ぶりで地味ですねえ。

ところどころ僅かに赤い梅が咲いてはいるものの、誠に地味な風景が広がっています。



もうこの辺は足利の両崖山の中腹以上の位置にあります。あとわずか登れば両崖山の稜線に取り付きます。

登って見ようと思ったが今年初日から負荷かけ過ぎるのも何だから自重。

今日は無理せずのんびり梅を見ながら昼食をとることにしよう。

園内見渡しても紅梅は2~3本しか見当たりません。

あとは白梅ばかりです。ここが食用梅の収穫目的であることがよく理解できました。


かつて訪れた越生の梅林などは狭い敷地内に色とりどりの梅が咲いてましたよ。花弁も大きかったような気がしました。あれって品種が違うのかねえ。綺麗でしたが梅林内は屋台やらイベントやらBGM、ミニSLまで走り回って風情はゼロどころかマイナス。

山爺にはこちらのほうが断然好みですなあ。


小腹がすいてきたので園内の草むらに腰掛けてちょいと一休みです。結局1時間近く園内に留まっていましたが、その間独り占めです。良い目の保養になりました。




家に帰りついてiPhoneの万歩計をチェック。何と2万2千歩の数字が・・・『やるなあ、爺さん』・・生徒達の声援が聞こえてきました。

玄関を開けて傍らを見ると失くしたと思っていた帽子がちょこんとあるじゃあないですか。朝、カメラを放り込む時に無意識に取り出して脇によけたものと思われます。

あ~嫌だ、嫌だ、もう歳取りたくな~い。・・・でも、お気に入りの帽子です、有って良かったわ。(^O^)

【川柳】
・中高に 戻れるのなら ほか要らぬ
・部活する 若者の声 心地よし 
【短歌】 
・部活する 元気な子等との挨拶に 昔思ひて 勇気授かる

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