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2023年6月9日金曜日

歴史探訪・東京博物館(上野)に行ってきた

 毎日、毎晩あれだけ報道されていたコロナ感染者の実態がいきなり報道されなくなった。

感染症のランクが2類から5類に格下げ?になったからだそうです。感染症ごとの区分は次のHPにまとまっているので暇な人は見てちょうだい。

感染症発生情報 [1類・2類・3類・4類・5類・指定(全数把握分)感染症発生情報] 堺市 (sakai.lg.jp)

1類にはエボラ出血・ペスト・ラッサ熱など恐ろしい感染症が・・2類は結核・鳥インフル3類はコレラ・赤痢・チフスなどお馴染みの伝染病がランク入り。

5類は肝炎(A型だけ4類・・てことはA型の方が感染力は強いのか?(´ºωº`) )梅毒・破傷風など・・おいおい、いきなり2類から3階級も下げていいのかね。本音は国費で医療費負担するのが嫌になったからじゃあないのかな?

何にしても平和な世の中が戻りつつあることは良いことだ。思えばコロナめのために大切な3年間を無駄に過ごさせられた。残念というほかはない。

下表が健康寿命と平均寿命を表したものですが健康寿命を見ると山爺の年齢はとうに過ぎているではありませんか。平均寿命の到達だって俺はあと何年?、改めて考えると憂鬱になってしまいます。いつの間にかこんな年になっちゃったなあ。阿藤快のセリフを借りるまでもなく『何だかなあ』と言いたくなるわ。♫思えば遠くへ来たもんだ~・・ってか!


ぼやきはともかく、残り少ない人生だ。有意義に使おう。・・退屈だなあ、さりとてお天気は大陸の気団と小笠原気団が相変わらず押合いへし合いしており雷注意報まで出る始末で山歩きに不向き、とても出かける気がしない。どこに行こうか。今現在、手元不如意(いっぺんこの四文字熟語使ってみたかった(^^♪))。70歳以上は無料で入れる上野の東京博物館に行き前回見残した展示物でも見てこよう。

上野の東京博物館は広い敷地内に本館・平成館・法隆寺宝物館・表慶館・東洋館と展示館がズラリ、とても一日では見切れない。

前回訪れた時も本館の半分も見たろうか、途中で疲れてしまうのである。結局『無料だからまた来よう』となる。

今回は手付かずの東洋館に入ってみよう。厳密に言うと東洋館は随分昔、20代の頃に友と連れ立って一度入っている・・・友とは誰だ、男・女?それは内緒です♫。ちなみに常設展示館への入場料は大人¥1000です。

いつものように入場口に立っている係員に免許証を見せて通過。なんか優越感で気持ちが良い。まずは東洋館の脇をすり抜けて本館の裏にある日本庭園を散歩しよう。

大きな池の周りに茶室が点在、周りは鬱蒼とした木々で覆われており都会の喧騒から隔絶した世界が広がっている。

木々の合間に茶室が点在している。これは各地より移設されたもので古いものは慶安年間(17世紀)とあるから相当古い。






ガラス窓のはめられた茶室もあるのでこれは近代の建築だろう。明治初年のころ建てられたようですが落ち着いた佇まいがいいねえ。

庭園の出入り口付近に”茶会参加の方はこれより入場(山爺注・博物館への)ご遠慮ください”の注意書きがある。実際に茶会が催されているみたいですねえ。

さて、本題の東洋館へ入ってみよう。館内はB1から5階に分かれておりアジア・中近東の美術・工芸・考古物が展示されている。

受付のお嬢様に写真撮影の可否を聞いてみる。撮影不可のマークがある展示物以外はノーフラッシュなら撮影OKとのこと。カメラの感度をISO100から1600・フラシュ禁止モードに切り替えて展示場へ・・・

東京国立博物館 - 来館案内 構内マップ 東洋館フロアマップ (tnm.jp)

まずはB1(古代インド・アジア・クメール)から見学じゃ。クメール(カンボジア)と国名で区分するだけあり12世紀のアンコール時代に作られた寺院のレリーフが沢山展示してあった。見事な彫刻だ。失礼ながら現在のカンボジアの文化レベルを考えると隔世の感があります。

右はヒンドゥー教の神の像でやはり12世紀の創作です。

右下は仏陀三尊像とあるので仏教所以の像だと思います。アンコール時代の12世紀から13世紀とあるので100年の間にこの地域で宗教の入れ替わりがあったのかなあと想像を掻き立てられる。

今の時代だって宗教に関した争いは悲惨なものである。当時どんな争いがあったのかなあ。

山爺がタイ国に仕事で長期滞在していたときアユタヤの遺跡見学に行く機会を得た。アユタヤの遺跡群のなかで目を引いたのか首の落ちた石仏群である。ガイドさんに聞くとビルマ軍が攻めてきてアユタヤ王朝は滅亡した。

朽ち果てた寺院が立ち並んでおり単に風雨による崩壊じゃあないことは素人目にも判る。なかでも凄まじいのが頭の取れた石仏群がずらりと並んでいることだ。侵攻したビルマ軍の狼藉だったとか。
当時ビルマも同じ仏教国のはずですが、神罰恐れぬ狼藉だ。たぶんか同じ仏教がルーツでもおらが国さの神様と違うわいとして平気で破壊するんだろうなあ。
アンコール王朝の宗教変遷時にどれだけの争いがあつたのだろうか。

【山爺の一言メモ】

アンコール王朝は9世紀初頭に勃興、アンコールワットの建造など栄華を極めます。

アンコール王朝の宗教はヒンドゥー教です。一方のタイ・アユタヤ王朝は仏教、仏教はバラモン教(ヒンドゥー教のルーツ)の分派だったようです。だから両方とも輪廻転生の考えがある。大きな違いはヒンドゥー教には身分制度(カースト)があるが仏教にはそれがない。インドにカーストが今持って根強く残っているのは皆様ご存知のとおり。

そのアンコール王朝は1431年にアユタヤ王朝の侵攻により滅亡します。東洋館で見た彫刻は13世紀の作とあるのでその頃はアンコール王朝は栄華の最中、山爺の思惑(宗教戦争)はな外れたようです。両派とも教義は同一だから共存しやすいのかな?それともアンコール王朝の住民をまず宗教改革(洗脳)させてからのち占領する策をとったのかな?。

そのアユタヤ王朝も隣国ビルマ(現ミャンマー)の侵攻により1767年に滅びてしまいます。
隣国同士攻めたり攻められたり、陸続きは怖いですねえ。


さて、長々とつまらない山爺の歴史観を述べました。m(_ _)m

こんなものも展示してあります。南インドより出土した楔形石器(打製石器)なんと年代は60万年前、ほんまかいな、ジャワ原人の親戚筋が作ったのだろうか。









パキスタン・ガンダーラの菩薩像です。13世紀?3体あったが顔の作りが似ています。写真なんかない時代です。モデルがいたのかなあ。(^^♪

殷時代(紀元前18~16)の青銅の武器類がありました。
中央のT字の武器は戟(げき)といいます。槍の穂先の下につけて攻撃と防御の両方の役目をします。中国の三国志や項羽と劉邦の時代劇によく出てくるので知ってはいましたが、実物を目の当たりにすると改めてこんなもん振り回されたらたまらないなあと思うわ。

紀元前18世紀といったらあなた、日本では縄文時代の末期ですよ。こんな物騒なもの携えて攻め込まれたら平和で武器もよう持たない縄文人はあっという間に滅亡じゃあ。ほんとに日本は海で囲まれていて良かったねえ。

左のへんてこな容器は爵(しゃく)といいます。お酒を温めて注ぐものとあるのでお銚子の類でしょう。中国の三国志なんかでこれで乾杯するシーンをよく見ますが、相当重たそうです。

玉斧(ぎょくふ)紀元前5千~4千、磨製石器の斧です。
よく磨かれてますねえ。どうやって穴開けたのかなあ。

5銖銭石范(ごしゅせんせきはん)紀元前2~1、石で出来た5銖銭を作る鋳型です。前漢の武帝時代紀元前119年に初鋳造されたそうです。この時代にすでに貨幣が流通したいたとは驚きです。戦乱の多さと無縁ではないと思う。なぜ、そりゃあ貨幣は持ち運びに便利だもん。

日本の貨幣の始まりは中国を見習って作った和同開珎708年
だが(その前に富本銭683年というのも作っている)まったく流通せずポシャってしまった。その後貨幣は作られず永いこと布やコメなどの物品貨幣が主流でした。

銭の流通が本格的になってきたのは12世紀末ごろから、それも自国では鋳造せずに他国の銭(宗・中国)を流用したというから呆れる。銭の数が増えればインフレ、減ればデフレなど不具合が起きちゃうはずだが、経済統制どうやっていたのかな?

当時経済学者なんかいなかったはず?なんとなく直感で輸入調整してたのかなあ。絶対影で大儲けした奴がいるはずだ。宗との貿易権を握っていた平清盛あたりが怪しいゾ、なんったっ銭そのものの輸入だもん。絶対に儲かるわ、マージン載せ放題だ。 (^^♪

左画像、韓国より出土の石剣。紀元前6~5世紀の作、良い出来栄えですが1本作り上げるのにどんだけ時間がかかるのかなあ、
韓国も古代では素晴らしい技術を持っていた証です。
今は?・・・・
6世紀に中国で作られた釈迦三尊像。この頃は日本にも仏教が伝来しており飛鳥寺や法隆寺の建立時期と重なる?。失礼ながら我が国の仏様の方がご立派に見えるw。(^ω^)



樽形水かめ・水差しなど日用品が展示してありました。キプロスで紀元前8~6に作られシリアやパレスチナに輸出していたと説明書き。

キプロスって地中海じゃん。出土場所がシリアだから、ぎり東洋圏ということで展示してあるのかな。


2800年前の作とは思えない斬新な形状ですねえ。今、お店に並べても売れそうです。いい仕事してます。

あれこれ、想像しながら歩いていたらいつの間にやら最上階の5階へ。

やあ、だいぶ疲れたなあ。エレベーターで1階のロビーに戻り、休憩所で持参の飲み物をゴクリ。表慶館か平成館にアイヌ関係の展示コーナーあったように記憶しているがもう疲れたわい。このあとの予定もあるし(といっても秋葉原散策)アイヌの展示コーナーは、また今度、なにせ入場料無料だから。
・・o(^▽^)o

【川柳】
・東博で 古代の意気に 触れてみる 
・出土品 時代見比べ ひとりごち

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2023年5月24日水曜日

23年度首都圏孔球親睦会ゴルフコンペ開催(開幕戦)

あの憎たらしいコロナがここに来て大人しくなってきた。先月に都内の秋葉原や浅草、上野界隈を彷徨ってみたがマスクをしない外国人がうようよ、ほぼ、コロナ前の賑わいに戻っていた。しかし油断は禁物だ。5月の連休で国外からの観光客を含め人の大移動があった。2週間後の発症状況を注意深く見守らなければなるまい。・・と、2週間たっても増加傾向とはならない。

あれだけ暴れまわったコロナがどうしたことだ?あたかもウィルスには頭脳がありこのままではワクチンで押さえ込まれコロナウイルスが滅んでしまう。ここは考えを改め人にやさしいコロナ君として人類と共存することにしようと感染力を弱める方向に舵を切ったように見える。

そんな環境のなか、5月13日(土)我が首都圏孔球親睦会が23年度の開幕戦となるコンペを開催した。・・って、何のこっちゃ。

今年は遅いではないか?といぶかる向きもお有りでしょう。そうです。例年3月が開幕戦(古河ゴルフリンクスで開催予定だった)なのですが今年は菜種梅雨に祟られ中止の憂き目に遭っていたのです。  (ヽ´ω`)トホホ・・

会場は老舗の栃木カントリー倶楽部。エントリー数は都合が悪い人や怪我などが重なり6名と、ちょっと寂しい大会となった。しかしながら参加者が少ないということは山爺にも優勝のチャンスが増えるというものだ、頑張んべぇ。優勝候補のKA,TAの両氏が仲良くツーショット。



今日は東コースからのスタートだ。№1hはロングホール、いきなりのドラコンである。ロケーションは右は土手、左に駐車場や工場があるのでネットが高く張ってあり打ち込み防止を図っている。

先発は東京地区のKAさん、埼玉中央区のIさん、さいたま区のYAさんである。皆さんそつなく第一打を打ち終えスタートです。んん!Iさん右の土手をエッチらと登り始めました。早くもピンチの様です。人数少ないんだから初優勝目指して頑張れ~。

さて、山爺のチームです。打順はHAさん、TAさん、私は3番手です。HAさんナイスショット。さて、TAさん、ドラコン意識したのか欲をかいて?大きく振りかぶって目いっぱい引っ張った打球は左のネット方向へ・・な~に、ネットに引っかり跳ね返るだろうと思っていたらこれが大谷翔平もびっくりの大ファ
ウルだ。


ネット最上段を軽々超えて場外へ・・やがてゴツンという鈍い音。工場の屋上へ着地したようですなあ。驚いたのなんのって、いきなりのOBで前進4打。TAさんも早ピンチ。

よおし二人脱落だ、山爺慎重に右方向へボールを運んだ。行ってみるとこれが深いラフだ。なんだってこんなに深く芝を生やすんだよお。(画像はイメージでHPより拝借)


ここはじっと我慢でアイアンを使いフェアウエイに戻す。4Wをチョイスして打った第3打はダフり気味で距離が稼げず。4Wでもう一度打つはめに、第5打で乗せればなんとかなると打ったボールが今度はトップでグリーン上をころがり向こう側に消えた。ああ無情。気落ちしながラフからの第6打・・・これがピンそばにピタリ。ワンパットで切り抜けた。先に珍プレーをやらかしたTAさん、上がってみると山爺とおんなじのダボで上がっている。何だかなあ・・・(´・_・`)

昼食時にハンディ含めて中間集計してみると第一位は東京地区のKAさん53.5(46)2位さいたま地区のYAさん54(47)3位山爺55.5(54)・・・注)()内がリアルスコアー

なんと山爺が2打差で優勝争いに食い込んでいるではありませんか。頑張るゾ~。

午後は西コース、スタートホールでトリプルといきなり躓いたがショートをParで上がるなど奮戦、№8のロングまではダボペースでやってきたが・・・№8のロングでティーショットを引っ掛け、打球は左の土手に消えた。2打めも引っ掛け再び土手へ。3打めもラフが深くて脱出できません。

『なんだってこんなに芝伸ばしやがるんだ』『こんなんじゃお客逃がすぞ』山爺、ご立腹。4打めでやっとこ平らなところに出てきましたがグリーンはまだまだ遠いです。やっとこグリーンに7オン。かくして山爺の優勝への挑戦はもろくも崩れ去りました。≧(´▽`)≦アハハハ

第48回栃木カントリー大会の順位です。優勝は東京地区のKAさん、トップとの2打差は縮まらないまま、№8での大叩きが悔やまれてなりません。

第2位はさいたま地区のYAさん、山爺は2位と同スコアーながらハンディ差で3位となり賞品を逃しました。(3位には賞品はありません(´⌒`。))



【ゴルフ川柳】

・ここ一番 多く叩くが ご愛嬌

・千載を またも逃すや ヘボゴルフ 

・ここイチが 飛ばない 寄らない 入らない

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2023年4月26日水曜日

厄除け大師様の牡丹園

 例年4月下旬はすがすがしい陽気の季節だ。ちまたの里山ではさぞや野草が咲き乱れているだろうと週末に出かける算段をしてザックにカメラを放り込み準備していた。ところが今日4/21(金)は各地で汗ばむような夏日、30度超の気温が出たところもあるという異常日。

では明日は?これがなんと気温が急降下、大陸の冷たい空気が入り込んで20℃に満たない予報だ。

こんな天気の場合は南の暖気と北の寒気が混じり合い黒雲が湧いて雷様のご降臨となるやも。君子(君子とは誰?)危うきに近寄らず、里山歩きは後日に延そう。

Googlemapを開いて”花の咲く寺院”と打ってみると西新井大師様の牡丹園がヒットした。西新井大師は若い頃より都心に向かうとき何十何百回も付近を通過しながらお参りしたことがない。東武西新井駅からひと区間の大師線というものにも乗ってみたいとかねがね思っていた。ここに決~めた。

土曜日は朝から寒い。服装選びが厄介だ。アウターは春の装いを選んだが日中も寒さが続いた場合の用心にインナーは裏起毛の下着を着込むことにした。


晴れの予報だったが天上はどんより曇って肌寒い。インナー選び大正解だった。しかし、車内は昨日の影響で皆さん夏模様、半袖の御仁もいる。アウター装いも正解だった。冬の装いで乗り込んだら山爺一人が浮いていた。春の装い、これまた正解。

東武西新井駅で下車、この駅は乗り継ぎでホームに降りたことは幾度となくあるが下車したのは初めてだ。パスモで改札口通過?、あれぇ、大師線って東武鉄道の経営じゃなかったのかな。なぜ?ここに改札口が?。

大師線ホームで待つこと数分、3両編成のレトロな電車が入ってきた。電車は頻繁に出ているようですぐに出発だ。


走り出したと思ったらほどなく西新井大師前駅に着いた。改札が見えたのでパスモカードを準備、ゲートチェックをしようと思い魂消た。自動改札がない!!。係員もいな~い。あらら、と思う間もなく場外に出てしまった。どうしたことだ、え、え?西新井駅からお大師様間ってタダなのか。だから西新井駅で改札受けたんだ。人手かけるより無人の方が・・・損して得取れとはこのことか。驚いたなあ、こんな経営方法もあるんですね。

駅を出て右に歩くこと数分、大きな門が見えました。お大師さまの入口です。その門前に目指す牡丹園があります。え~と?入場料はどこで払えば?え、受付がないぞ!、ここも無料なのか?。まいっちゃうねえ。西新井大師牡丹園花祭りと銘打っていたので、てっきり有料かと思いきやここでも無料入場とは・・西新井大師様『惚れてまうで~!』 先年、上野の某寺院訪れた時の牡丹園は確か¥500ほど散財した覚えが
・・・(゚д゚lll)


おお、今を盛りに牡丹が咲き誇ってます。

今日はニコン一眼レフ(D50 NIKKOR AF70--210mm) 持参しての撮影です。

曇り空で撮影条件はイマイチですが。とくとご覧あれ。










道端に可憐な花が咲いてます。

厚化粧の年増女(牡丹の花)ばかりに見とれてないで私を見てよと言わんばかり。

のちほど調べたらアッツザクラ?のようです。

さて、これだけタダで目の保養させていただいたのだからお大師様にお参りしてお賽銭を弾まなければ。・・実はこれがお大師の深謀遠慮だったりして。・・・(^^♪

門前店が立ち並ぶ路地から回ってみます。

レトロなお店がずらりと並んでます。

歩いているのは外国人が多く日本人の姿はまばらです。(^_^;)
 立派な山門が現れました。左右には阿吽の像が門番してます。


中に入ると右手が池で藤の花が咲いてました。当然ながらここも無料・・。山門に藤の花、いいですねえ。(iphoneで撮影)

塩地蔵さまという仏様です。お地蔵さまにイボ・その他の病の治癒を願かけし、足元の塩をもらって帰るんだそうで、治癒したら倍返し。珍しい願掛け地蔵さまですね。塩が無くならないところを見ると霊験あらたかなのかもね。 )^o^(



山匝堂(さんそうどう)というお堂があります。

ここをお参りすれば諸国の霊場、諸仏を巡拝したのと同じご利益があるとされる誠に都合の良いお堂であります。こういうの作られては他の霊場・仏閣の営業妨害になるのでは?

まあ、昔は諸国行脚もままならなかったからこのような機会を設けて庶民の心を和ませたんでしょうねえ。

本堂の右側に鳥居があるので行ってみるとお稲荷さまです。

多くの人が参拝しています。どんなご利益があるのかなあ。





立て看板にでかでかと出世稲荷大明神と書いてあります。五穀豊穣の神様がルーツで西新井大師様の鎮守様でもあるようです。なるほど多くの人が立身出世を願って参拝するわけだ。

山爺は残念ながら古稀もとうに過ぎ出世とは無縁ながら五穀豊穣の神様なら縁起が良い。家内安全・福よ来いと祈願し賽銭を弾む。













さて、大師様の本堂にお参りし厄除け祈願をしてこよう。

本堂から山門方向を眺める。なかなか良い眺めです。藤棚の藤が綺麗ですなあ。







さてお参りも済んだし。お札でもいただいて帰ろうか。

色々あって迷った。ぼけ封じ、¥500
いいね、これにしようか。まだ、ボケには早いかな? (^_^;)

ここは厄除け大師様、ここが得意とするご利益の厄除けお守り¥800としよう。

お守りを買い終わり歩き出してふと、思った。『自分だけ厄除けを願うのは因業かなあ』ここはカミさんの分も買ってやろうと思い直し再び売り場へ・・・

【川柳】
・お大師は すでにご利益 ロハ電車    ・・・あんなでかい乗り物タダにするとは
・お大師の ご利益 異人に持ち去られ   ・・・参拝者の多くが異人さんです。
・守札 妻の分もと 買い戻り       ・・・自分ばかり厄除けは身勝手でしぶしぶ

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