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2019年12月4日水曜日

19年度首都圏孔球親睦会最終戦開催

2019年度の首都圏孔球親睦会の締めの大会を12月1日(日)開催することが出来た。今年のコンペは5回開催となり通算35回を数えることになる。継続は力なり。我会も大分箔がついてきたというものだ。

幹事長(山爺)の独断で経済面ばかり考慮し、ともすれば、何だここは!なんてところで開始することも多々、にも関わらず35回の永きに渡り続いてきたということは、これ一重に会員様各位の紳士たらんお陰と、この場をお借りして感謝申し上げる次第です。今後もよろしくお願い申し上げます。

さて今回の会場は茨城県堺町にある31CCで開催の運びとなった。当初は8月末に早々と野田パブリックひばりコースを3組12名予約済みであったが、あの台風19号にょる未曾有の災害で関東一円の河川敷が冠水、開催が不能となってしまった。


やむなく急遽会場を探してここ31CCを確保した次第である。

ここは、9ホールしかない変則コースで同じところを2回廻ることになる。距離もないので安易にプレーしがちだ。だが沼地を整地し開発したためか至るところに池があり正確なショットが要求される。侮るとあっという間にドボンの連続で大叩きしてしまう。

我、会則に3度池に放り込んだら賞品を得られる『池波三太郎賞』というものがある。この会則はこのゴルフ場で皆さんがせっせと池に放り込んで落胆するのを見かねて発案した賞である。もちろん山爺もその範疇に属する。

本日は8名の方々にエントリーしていただきました。


スタートは9:10・9:17ほぼ定刻スタート。先発は埼玉東北部HAさん・埼玉中央ARさん・TAさん・さいたま地区のKOさん。

後発は東京地区のKAさん・Iさん・さいたま地区のYAさん・山爺である。最終戦とあって皆さん力が入って練習に没頭、やる気満々である。



ん?ん?誰だ茂みに隠れてこっそりスイングチェックしている奴は?

さて、スタートです。№1ホールは370Y Pa4 長いミドルホールでドラコン賞がかかっています。


 コースをにらむ面々をパチリ!さて優勝は誰の手に。

先発組がスタートしていきました。

ARさんの打球はやや高く上がりましたが一応ドラコン権利獲得です。


早くも左の茂みでうろうろしている者がい
ます。はい、1名脱落。そうです。ここは林間コース、ちょっとでも曲げると
『もう、大変なんですから~』初代林家三平の声色で・・古いなあ。

我々の番が廻ってきました。くじ引き結果は山爺は4番手、一番手のKAさん、やや右だがナイスショット、二番手のYAさんもナイスショット。ボールは真っ直ぐ消し飛んで行きました。うわあ、ドラコン確定です。先発のARさんのドラコン権利はあっという間に消滅です。

3番手のIさん、狭い林間に気後れしたのかミスショット。山爺の番です。ドラコンは望み薄、返って力みがなくなったのでこれもナイスショットです。



2打目も順調でしたが3打目地点でトラブルです。真正面に大きな木が立ちはだかっています。グリーンはその奥です。下を抜くか、上を越すかの選択に迫られます。

下を抜いてグリーンに止めるのは至難の業、AWで上を越すことを選択、思い切り振り抜いた打球は見事に高々と上がって木の上を越しピンそばに着地。早くも竿1(1ピンパットで賞品)Parチャンスです。

惜しくもParを逃すもボギーでホールアウト。幸先の良いスタートです。


2番ホールは316YPar4 左に人家があるのでウッドは使用禁止ですが山爺はアイアンの方が引っ掛けぐせがあるので余計に危ない。特別に9Wを使わせていただく。


結果は左に引っ張ってしまい1ペナルティー。あちゃあ!、3打目はゴロで池に向かって真っしぐら、
『やめて~!』思わず叫ぶ。
池の手前でボールが辛うじて止まっています。

触ると今にも池に落ちそう。

AWでそうっと打ち出して安全地に運んでクリアー。短いホールなのに5オンとなってしまいました。でも竿1チャンス。
欲をかいて強めに打ったのがいけません。ボールは穴をかすめて惜しくも外れ。返しも入らず3パット、なんと8も叩いてしまいました。ああ~終わったかな。

しかしながら後半ミドルとロングでParを拾い結果は50、優勝候補のKAさんは47、流石です。

前半戦の成績は右の通りですがなんと山爺が2位についているではありませんか。しかも我チームが1~3位独占です。

後半戦も頑張んべえ!。

後半は3ホール終わって5オーバー、№4hではピンそば2オンに成功しバーディチャンス。下り2mの難しいパットを見事沈めてバーディ獲得、ようやく今日初めての賞品ゲットです。

4ホール終わって4オーバー、逆にKAさんは崩れ始めて9オーバー。おやあ?我にチャンスありかなあ・・・欲をかいたのがいけません。バーディのあとは3連続のトリプルを叩いて沈没、53でホールアウト。対するKAさんは後半に底力を発揮し4個のParを含めて50でホールアウト。

終わってみればKAさんが優勝し山爺は4位(中間賞ゲット)に後退してしまいました。
2位にはTAさんがしぶとく滑り込み賞品をかっさらっていきました。この男2位ばかり獲得し一向にハンディが増えません。なかなか賢い選択です・・って故意には出来ないか。
(^。^)

最終戦も和気あいあいのうちに幕を閉じ来年3月中旬に開幕戦を企画する旨告げて解散となりました。

我が会は皆様の健康を思い量り厳冬期の12月中旬~3月中旬および酷暑の7月下旬から9月上旬はゴルフを自粛をしているのです。

【川柳】
・レイアップ 浅知恵無残 水中へ・・ここはレイアップ、ああ!飛びすぎた!
・池なくば 見栄えがしない あれば邪魔・・池がないと平凡なショートだけれど・・


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2019年11月24日日曜日

日だまりハイク(足利の遺跡探訪)

8月中旬に発症した腰痛が9月に和らいできたので低山歩きを再開したのも束の間、10月に関東地方を襲った19号台風により関東・東北の多くの河川が決壊や溢水するという大災害が発生してしまった。

これにより関東一円の山へ向かう交通機関はずたずたになり密かに計画していた山歩きを実行する気が失せた。・・・八ヶ岳・笠取山・八海山・木曽駒ケ岳・七ツ石山・会津駒ケ岳など、行きたい場所ならたくさんあり計画書も作成済みだ。

近年、真夏は命に関わる猛暑が襲うようになってきたのでこの季節での山歩きは自粛、そんなこんなで山爺にとっては9月末から10月は山歩きには絶好のシーズンなのであるが未曾有の大災害の影響で今年は行けそうもない。山爺は好齢の身の上、来年の体のコンデションが読めない。後がなくなってきた。・・・困った~ぁ、困った。(大滝秀治の声色で)

散歩はたまにするが平坦地の歩行ではぜんぜん筋力鍛錬には繋がらない。坂道を日頃から歩かなければ息が上がってしまうのである。最近体力がめっきり落ちてくるのを実感している。


はや、11月も半ば近く、さてどこに行こうか?。

以前から気になっていた山がある。東武足利市駅のそばに100mくらいの浅間山という小山があるのである。山頂には城址もあるようだ。この城址は以前登った足利の両崖山にあった長尾氏の足利城の出城のようである。

また付近には八幡山古墳群もあるようなので史跡満載、ここを散歩してみよう。
(下画像の山塊が浅間山で左端ビル群に東武足利市駅がある)

11月16日(土)好天に誘われて早朝最寄駅から足利市駅に向かう。30分足らずで駅に着いた。本当に足利は我が家から近くて良い地域だ。

市内にはリーズナブルなスパ銭湯もあるので山歩きには絶好の場所なのだ。当然、帰りはスパ銭湯に立ち寄るつもりだ。


駅の改札を出て驚いた。いつもは土日の早朝に降りる客はまばらで山爺だけなんて日もあるのだが、人がわんさか、居るではないか。『無料バスの乗車する方は列にお並びください』なんて殺気立ったアナウンスも・・・ん、ん何なんだこの賑わいは。


なんと今日・明日(11/16~17 )は足利の郊外にあるココファームワイナリーの収穫祭なんだそうです。

それにしてもすごい賑わいだなあ。一瞬、山歩きやめて列に並んで収穫祭に行ってみようかと思ったくらいです。
( ^ω^) 毎年11月の第三曜日に開催するみたいですよ。

駅前の喧騒を抜けて渡良瀬川の土手に上がり信号を渡って森高千里さんのご当地ソングで有名な渡良瀬橋方面へと向かう。正面に小山が見えてきた。女浅間山だ。標高は30mくらいだろうか。信号を渡ると山道(石段)が見えたので登りだす。


傍らに高札があった。この神社は6月1日にぺたんこ祭りというものが催され賑わうらしい。赤ちゃんの初参りの時におでこにご朱印を押してもらい無病息災を願うとか。

10分くらいで神社のある山頂へ着いた。こんな山登りなら楽ちんだ。

この神社は富士浅間神社の系統なのでご祭神は木花開耶姫だ。お参りをすませてぐるり一回りして下山する。

次は男浅間山を目指す。男浅間山は標高106m、20分もすれば登頂出来る、楽勝だなあ。

広い道路を道なりに歩き東武線の陸橋をくぐるとすぐに表参道に到着した。傍らにこの山塊の概念図があるので今日のルートを再確認する。

 なだらかな道を息が上がらないようにゆっくりと歩く。

10分も歩くと眼下に
足利市駅や渡良瀬橋が見え、駅の方から列車の着メロに使われた森高千里さんの渡良瀬橋のメロディーが流れてくる。

良い眺めだ。なぜ人間は高いところからの眺望に感動するの
だろう。

以前なにかの山のエッセイで読んだが人類が類人猿から袂を分かちジャングルから平原に降りた。・・山爺の私見ですが人類は頭でっかちで運動神経が鈍い。したがってすばしっこくて腕力のある猿どもに縄張りを追い出され、仕方なく平原に降りたと思ってますが・・・(^。^)

平原はライオンやらの捕食動物がウヨウヨ、足の遅い人間は襲われたらひとたまりもない。用心だけが身を守る術だ。視界を確保するため、まずは2本足歩行へと進化した。

それでも十分に視界を得ることができなかったので事あるごとに高いところに登り周囲を見渡して安全を確保した。つまり高いところの眺めは人にとって本能的に安心するのだそうです。


そうだったのか。だから山爺は山に登るんだ。本能じゃあ、しようがない。納得、納得。

20分ほどで山頂に着きました。祠があります。先程登った女浅間山の神社の方がはるかに立派です。やはり浅間様は女上位のようだ。



106mの低山なれど周りに遮るものがないので眺めは抜群です。

朝、コンビニで買い求めた大福をほおばりながら休憩をする。うまいなあ、どおしてお日様の下で食うと何でもうまいんだろう。山爺至福の時です。


と、高齢とおぼしきお二人が登って来ました。二人共、空身である。地元の人だろう。『こんにちはどちらから?』と聞かれたので『〇〇からです』と答えた。
『私の家はあの川の向こうのあの屋根の先です』そして年齢が80歳だとも教えてくれた。さらに相方を指して、この人は90歳だとも紹介。相手が年齢を明かしたので山爺も70歳になりました。もう身体がしんどいですねと答えると
『なにを言いますか、70歳なんて私からみればひよっこの若造ですよ』・・ありがたいお言葉をいただきました。

80歳と90歳でシャキっとして毎日のように100mの山を登り降りしている。山爺もかく有りたいと胆に銘じた。

爺様たちに別れを告げて富士山城址と胎内洞窟へ向かう。後で調べて知ったのだが今いる山頂も含めこの浅間山全体が足利長尾氏の出城なんだそうです。本城は去年登った両崖山がそうです。

【山爺の一言メモ】

両崖山城と足利長尾氏

両崖山(251m)は織姫神社の奥にある山で佐野の藤原秀衡の子孫の成行が築城して130年間治めた。その後一旦廃城となり1466年山内上杉氏の代官長尾景人が入部して築城した。4~5代は上杉謙信側についたが1585年の顕長の代に北条氏に下った。そのため1590年の豊臣秀吉による北条攻めのおりは北条側に与し敗北、長尾氏は滅亡、両崖山城は廃城となった。


まずは、富士山城址へ登ってみよう。浅間山頂から5分も下ると右は南参道、左は富士山城と胎内洞窟と標識が出ているので富士山城跡へと向かう。

5分も登ると富士城址に到達。出城だけに防御は甘い。

空堀も障子堀の痕跡もない。これでは大群に囲まれたらあっという間に落城だなあ。

こういう出城に派遣された兵隊は気の毒というほかはない。一旦事が起きればあっという間に全滅だろう。


障子堀とは右画像のような作りの畝で北条氏が考案したそうで小田原城の支城のあちこちにその遺構が見られるそうです。いずれ見学に行こうと思ってます。
実際、兵隊がここを歩かされたらたまりませんなあ。同一方向へしか動けないから鉄砲や弓矢の格好の餌食になってしまいます。

底には念入りにトゲトゲの杭が打ってあったりしたそうで落ちたら串刺し。

人間はよくもまあ、こういった殺人の知恵を思いつくものである。業の深さに呆れかえる。





城址山頂は小さな祠があるだけ、強者どもが夢の跡である。


 ついで胎内洞窟へ、この山のご祭神、木花開耶姫が修行をした場所とされているようだが怪しい伝承だ。

洞内には学問の仏様である文殊菩薩が祀られています。

さて時間がなくなるので先を急ごう。南参道という標識にしたがって下山すると5分くらいで車道に出る。

反対側は坊主山と呼ばれた砦
の一つだ。登ってみたいが笹薮で道が見つからない。

一箇所それらしき踏み跡があったが相当の藪こぎを強いられそうなので諦めた。
車道を右にとってどんどん降りてゆくと5分くらいで家並みが出てくる。

山裾沿いを左に曲がると車道に出る。正面の小山が八幡山のようだ。車道を横切り再び山道へ。寒椿がきれいに咲いている中をゆっくりと登りだす。


10分もすると山頂らしきものに着いた。小さな祠があるだけでさっぱり古墳跡らしきものが見当たらない。反対側に下山しウロウロするも古墳痕跡はない。

だだっ広い八幡山の山内を彷徨していると空身のおじさんが歩いていた。

『すいません、古墳の遺跡はどの辺に?』
『この辺一体が古墳らしいですよ』
よく目をこらして周囲を見渡すと要所要所がこんもりと不自然に盛り上がっている。なるほど、あれが古墳なのか。

八幡山全体に小さな古墳が点在する。ここは古墳の集合住宅のようです。

おそらく調査したあとは悪ガキどもの安全を確保するため埋め戻しをするみたいです。

古墳群に納得したので下山して再び浅間山へと山道を戻る。

坊主山を右に見送りながら車道を真っ直ぐに進むと八雲神社に降りられます。このあとは今日のもうひとつの山塊であるJR足利駅の先にある助戸地区にある東山ハイキングコースを訪ねます。

ここから東山までは小一時間かかりそうなのでここ八雲神社の境内をお借りして早めの昼食を摂ります。

定番のサンドイッチ・おにぎりをほおばりながらカフエオーレを喉に流す。

人っ子一人もいなくて聞こえるのは風の音だけ。このまま昼寝をしたいくらいにのんびりした里山風景を満喫します。

腹ごしらえも完了したので一旦足利市駅に戻り中橋を渡って右に折れ土手沿いを田中橋方面へと歩く。先ほど登った浅間山の山塊がよく見える。


田中橋の先を左に取ると足利駅の南口に着きます。その先のトンネルをくぐって足利市のど真ん中をしばし歩いていたら向こうから猫ちゃんが歩いてくる。

声をかけると山爺の方へトコトコ歩いてきて股の間に入りスリスリ。人なれた猫だなあ、飼い猫かな、それにしては毛並みが悪い。野良のようだ。餌のおねだりかなあ?。あいにく猫の餌の持ち合わせがない。離れようとするとついてくる。

困ったなあ。早足で離れると恨めしそうにトコトコ去っていった。
ごめんな猫ちゃん。里山や観光地を歩いているとよく猫たち
に遭遇する。

今度から猫餌持参で歩かなければいかんのかなあ。

街中を歩いているとこんなレトロな自動販売機を見つけた。コイン投入すると動き出しヒットの種類で本数が決まるのかな?ホームランなら4本出るとか?まさかねえ。値段は¥100、当然、壊れています。


東小学校を右に見ながらさらに進むと登山口があります。

案内板でルートを確かめて登り出します。

竹林があり小山とは思えない静けさのなかゆっくりと登り出します。傍らになにやら”あいだみつお”みたいな文字の掲示物が並んでいます。

どれどれ、
『戻ることのない時間。今をもっと大切に』・『この世の中で無駄な人など誰もいないあなたの命がその証』・・楽山、楽山って誰だ?。


含蓄のある言葉がずらりとならんでいます。

山爺にとって『戻ることのない時間、今をもっと大切に』は心にしみるお言葉です。


含蓄のあるお言葉を読みながらあるいていたらあっという間に尾根道に出ました。立派な神社が建っています。


東側に展望が開けており、低山と言えどなかなかの眺望が得られます。



 傍らには猪注意の看板も、足利地区はクマ注意よりも猪注意の看板の方が断然多い。それだけ切実な現実があるというこ
とか。・・気をつけたいが気をつけたからどうせいというんじゃ!。


これより北側に歩くとほどなく東山ハイキングコースの最高峰115mに到達しました。

一応休憩テーブルなども整備されてはいますがこんな低山では誰もいません。

西の方が開けており午前中に散策した浅間山の山塊が挑めました。
こんは低山が我が家の近くにあったら良い鍛錬場所にな
るのだがなあ。

山頂の祠は山道の岩陰に隠れるように鎮座しております。いたずら防止のためかな?随分と奥ゆかしい祠です。
下山途中で重装備の人とスレ違いました。東山で唯一の登山者との遭遇です。重装備なのは訓練登山に違いありません。

さて、これで今日の予定の山歩きは終了です。

とっとと下山して今日のもうひとつの楽しみの幸の湯に急ごう。

 下山後20分くらいで幸の湯到着。このスパは休日でも¥700(タオル別料金)とリーズナブルだ。

のんびりとお湯に浸かって心身ともにお洗濯だ。


【ことわざ】

・山高きが故に貴からず、樹あるを以て貴しと為す。
好齢の身上と致しましては心にしみる戒めのお言葉でございます。はい。

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①ここに掲載されたルポや川柳の著作権は作者(日暮道長)にあります。
②作者以外の方による無断転載は禁止で行った場合、著作権法の違反となります。

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