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2017年3月12日日曜日

越生 大高取山ハイキングと梅林散策


3月4日(土)に埼玉県越生にある大高取山(376m)にハイキングに行きました。歩行時間およそ3時間の軽い行程で下山場所を越生梅林に選びちょうど花ざかりであろう梅林も見てこようという算段です。

本来の計画は4日(土)~5日(日)にかけて丹沢の塔ノ岳を計画していました。大倉の馬鹿尾根をひたすら登り花立小屋に一泊し翌朝、塔ノ岳に登頂し下山する予定でした。

行こうと思い立った動機は陽気も暖かくなり好天が続いたので山の虫が騒ぎ出しどこか良い場所はないかなあとあちこち検討しました。候補として那須茶臼、朝日岳・安達太良山・大菩薩嶺・丹沢塔ノ岳を挙げて交通費・宿泊費など検討した結果、塔ノ岳に決めました。決めた理由は、
         宿泊先は那須北温泉・大菩薩介山荘・安達太良山くろがね小屋・丹沢花立山荘での宿泊価格(2食付き)

①花立小屋のブログに4日は宿泊者が0人だと嘆いている記事を読んだ。・・・行けば歓待かな?
②一昨年晩秋に塔ノ岳登頂の折遭遇したスーパー野良猫が健在の情報を得たので再会したい。
③費用が一番安い・・・本当に交通費のかかることといったらないですねえ。

ことにありました。丹沢といえども季節はまだ冬季です。アイゼンも使うかもしれません。38年ぶりに準備もしました。持っているアイゼンは旧式な1本締めタイプですが鍛造仕上げの10本爪物で品質は確かなものです。(TANI製)安物のプレス品ではありません。・・・ヤフーオクで¥1000で売りに出ているけれど。(´⌒`。)

山爺が初めて買ったアイゼンはプレス品の安物でした。これで八ヶ岳の天狗岳に冬季登山したのですが山頂から次のピークに向かう前にアイゼンの緩みを直そうとバンドを締め直したところカカト部分がポッキリ折れて装着が出来なくなりました。しかも利き足の右側が壊れたのです。

いくら楽天家の山爺でもこれには参りました。しばし呆然と折れたアイゼンを見つめながら、さあ弱った片足のみでどうやって山小屋まで戻るのだ。(この時点で縦走は当然中止)これまで登ってきたコースだから雪の状況は分かっています。所々氷結しておりアイゼンなしでは一気に谷底行きです。

左足のみでステップを切り右足は恐る恐る左足のところまで進め、ピッケルでサポートする。これの繰り返しで下山を開始、当然時間はかかります。途中何人かの登山者から声を掛けられます。
『どうしました』
『いやあ、アイゼンが壊れれしまって』
『大変ですね。気を付けて』
で去ってゆく。そりゃそうだ、助けようがないものね。だったら余計な声を掛けるな、こちとら非常事態だと気が滅入りながら下山を続け命懸けで小屋まで逃げ帰った苦い経験があります。

『おや!どうしたね。本沢へ抜けるんじゃなかったんかね』
『おやじさん!アイゼンが壊れたので引き返した』
オヤジは私のアイゼンを見るなり
『こんな安物買うからだ。死ぬぞ』

と一括されたことを今でもなつかしく思い出します。

どうも話が横道に逸れてしまいます。B型気質だから許してね。(^_^;)

塔ノ岳に自炊1泊の予定で荷造りも済ませて、アイゼンの締め方も38年ぶりで訓練をして、いつでも行ける用意をしておりました。・・好天続きでやな予感はしていたのですが、予感的中、木曜日に二つ目玉低気圧通過で丹沢山麓は雨、塔ノ岳は積雪10cmの情報(塔ノ岳のライブカメラより確認する・・・今は便利だね)を得たので中止決断です。

雪自体は別に怖くはないのですが塔ノ岳は1500mの中級山岳です。金・土の好天で雪はぐちゃぐちゃになるはずです。一番の問題は丹沢は登山道がよく整備されており木道が多いのです。この木道が曲者で唯でさえ歩きにくいのに、ぐちゃ雪との相乗効果で滑りやすくなっていた場合誠に危ない。丹沢ごときで遭難なんて、ご勘弁である。かっこ悪すぎます。

それにしても土曜日は好天らしいのでどこか行きたい。と思い続けて、そうだ越生はいま梅が!と思いつき急遽計画したのです。急いで小さいザックに荷造りのやり直しです。

早朝6時に家を出て秩父線で寄居へ向かう。ここで八高線に乗り換える。秩父線といい八高線といいローカル鉄道で乗客はいつもまばら、山爺お気に入りの鉄道だ。


予定通り8時前に越生駅に到着した。結構近いではないか、しかも、駅のホームから目標の大高取山が見える、(画像左ちょこんと盛り上がった山)バスに乗らなくてもすぐに歩き出せるいわゆる駅近ハイキングが出来る場所なのである。深田久弥のセリフではないが『近くてよき山なり』と言える。
    準備運動をしていざ出発!んん、どこに向かって歩けばいいのだ。案内標識がない。駅周辺をウロウロ、目の前は寺だし、・・と、お寺の前の十字路で悩む。試しにお寺の前まで行ってみると小さな標識があった。(左画像右下)
駅前からきちんと誘導してよね。これだからマイナーな山は嫌だよとつぶやきながら右折、まもなく先ほどの十字路からの大きな道に再び合流、なんのこっちゃ。山地図では街路まではなかなか読み切れません。駅周辺図も持ってくるべきであったと反省する山爺でありました。

しばらく車道を進むと右は無名戦士の墓、左は西山高取の標識を見つけた。無名戦士の墓が標準コースだが、お参りが厄介なので左の西山高取へと進路を取る。『非国民!』の声がどこからか聞こえる。


いよいよ山道に入りました。杉木立の中を進みます。まだ9時前なので土曜日でも誰もいません。すこし肌寒いけれど晴天でもあり山中の空気はやはり気持ちがいい。

気持ちがいいといえばNHKBSで放送している日本100名山をよく見ているが放送そのものは貴重でありがたいのだが、登山ガイド人の後についてゆく設定で女子のセリフが時々入る。これがいけない。実際は登っていなくてアフレコ!だから現実味が全くない。『ああ!視界が開けたなあ!気持ちがいい』とかなんとか、まったく白ける下手なセリフが時々はいる。あれは止めてくれんかなあ、淡々と登るガイドさんのセリフだけでいいよ。

止めて欲しいのがもうひとつある。フィギュアスケートの解説である。大方の解説者が元選手でルッツ・トリプルアクセル・ループ等とやっている技を喋るだけ、うるさくてしょうがない。あんな下手な解説まったくいらない。黙っていろ。・・では商売にならんか。(´▽`*)アハハ

私はあのフィギュアスケートそのものが嫌いだけどね。大変なことをしていることはわかるけれど狭い氷の上で時々手をシナシナとカッコつけてぴょんぴょん飛び跳ねてぐるぐる回るだけで面白くもなんともない。最後のあのドヤ顔に至っては最悪。・・・はやく氷が解けてニュースから消えないかなぁ。

ああ、また脱線してしまいました。

のんびりと進むと二俣に出ました。左が迂回路の本道で右はやや荒れているが上り道です。









右側を選択して進むと程なく神社に到着しました。案内板を見ると高取城址とあります。狭いスペースです。城と言うより物見櫓が建っていたのではと思います。

ここから先の道がありません。周りをしばしウロウロしてようやく神社の左裏に踏み跡らしきものを発見しすこし下ると先ほどの迂回路と合流しました。


大高取山は山の入門コースです。なだらかな道が続くので息も上がらず順調に西山高取を9:10通過、幕岩展望台経由と直接大高取山に向かう分岐に到着しました。大高取山は展望が望めないとの情報を事

前に得ていたので迷わず展望台方面の道を選択し進む。
 9:30幕岩展望台到着。ベンチが4基ほど置いてあり絶好の休憩ポイントです。少々早いけれど昼食をとることにしました。

今日は好天なので大展望が開けています。左に筑波山、真ん中は埼玉新都心、左は池袋、新宿の高層ビル群まで望めます。・・・画像では霞でぼやけていますが人間の目は優秀でよく見えます。早起きしたので神様からのご褒美です。










去年購入したアルコールランプをザックから取り出し初めての湯沸しです。アルコールを入れてライターで着火!、あれえ点かない。またライターでカチン!カチン!点かない。家でやったときは一発点火だったのに。・・・どうも風で可燃ガスが吹き飛んで上手く点かないようです。

遮蔽板をとりだして周りを囲み再トライ。上手くいかない。コンロを手に持ち傾けながら再点火。太陽光の下なので明るすぎて点いたか点かないか分からない。そのうち左手が熱くなりだした。うわあ!アチチ!アチチ!郷ひろみだ!、普通のライターでは着火させにくいことが分かりました。次回は着火マンを持ってこようと学習した山爺でした。

火力は風で熱が逃げるためかガスより沸くのは遅いようですが、お湯を沸かすには十分な性能であることを確認しました。強風下では使用不可も同時に分かりました。・・・とほほ。

ドリップ珈琲を作り、サンドイッチと梅握りを頬張りながら大パノラマを眺める。ハイカー至福のときである。何組かのハイカーが休憩しては私の方をチラ見している。珍しい火器に関心があるのか珈琲が羨ましのか・・・この程度の低山ではコンロ持参組はいないようですね。

食事も終わり展望も満喫したので道具をザック収納し元気に山頂を目指す。山頂はここから20~30分のはずである。

足取りも軽く山頂を目指す・・はずだったが途中で右に入るべき本道を見落とし道を間違え桂木観音方面の下山コースに入ってしまった。20分ほど歩いて下りだしたところで気づき引き返しました。

分岐点まで戻るが分岐点の標識がなんとまあ小さいことA4版の大きさの板が草むらに置いてあるだけだ!・・越生観光協会さん。これはあかんて!大事な分岐点は杭で作った目立つ標識にしてもらわんと皆間違えているのでは。・・・何!間違えるのはお前ぐらいだと!(`ヘ´) プンプン

小1時間くらい無駄な時間を浪費してやっと山頂前の大きな広場に着いた。おお!いるいる、ハイカーどもがたくさん屯しています。




時間があればここでも湯を沸かしお汁粉なぞ作り皆の注目をあびる予定でしたが時間ロスしたのでここはスルーし山頂へ。


 程なく山頂へ到着。情報通りであまり展望は望めませんがそこは山頂、多くのハイカーが記念撮影をしています。

展望は東側が若干開けていますが山岳コースのゴルフ場 Par4 を思い出す雰囲気です。






登頂記念の標識を撮り終えるとそそくさと越生方面へ下山開始、道はなだらかで整備されており転倒や転落の恐れもないのでグイグイ小走りに下山する。

何人ものハイカーを追い抜いて行くのがなんか少し優越感。おお!山爺もまだやればできると妙に自身がついた。最近流行りのうざったいトレイルランニング集団もこれが楽しくてやっているのかねえ。

小1時間であっという間に下山し見晴らしのよい里へ出た。梅が咲いている。畑を散策しながら越生梅園へと向かう。こちら側の山への標識はしっかりしている。標高の高いこちらから登るのが楽でメインルートのようだ。

12時ころ越生梅林へ到着した。梅林は今が盛り、観光バスや路線バス、乗用車が入り乱れてまさに観光地だ。静寂な山歩きのあとだけにその落差たるやすごい。



チケット販売所も人が列を作っている。一瞬このまま帰ろうかと思うくらいの人の列だ。

山で道を間違えなければ1時間早く入れたのにと間違えた自分自身に少し腹がが立つ。

やっと受付口へ来て入場料¥300を支払う。受付の上に大きく、高齢者割引はありませんとの看板が掲げてある。きっと『俺65歳なんだけれど、割引ないの』と聞く輩が多いので掲げたんだろうなあと思うとなんか笑える。・・・¥300を更に割り引いちゃ、主催者が可哀想だろう。ええ!ご同輩。恥ずかしいゾ!


中に入ると梅も人も満開、てか!白や赤の梅や蝋梅が満開で誠に綺麗である。福寿草のおまけまで咲いていた。画像を撮りまくる。


園内にミニSLが一丁前に蒸気を吐きながら子供たちを乗せて走っている。子供たちの満面の笑みを見ていたら不覚にも目頭が熱くなった。

山爺の娘達2人の幼い頃を思い出したのである。


あの頃ここに連れてきてやればきっと喜んだだろうなあ。と今走っているSLと幼い我が娘達の笑顔が交差したらなんか泣けてきた。

今となっては叶わぬ夢である。







そんな昔を思い出したらなんか土産を買いたくなったので売店に立ち寄り名物の梅まんじゅうと梅羊羹を購入しザックに放り込んだ。甘い土産は今持って我が家族は好きなので喜ぶのである。



2時間ほど園内を散策し充分梅を堪能したのでバスで越生駅まで戻る。

バス停に戻ると発車10分前にも関わらず既に6人ほど並んでいる。

頻繁に臨時バスが出ているのでこんなものかと思っていたらさにあらず続々乗客がやってきて山爺の後ろに並んだ。

タッチの差で座席確保が出来そうである。なんかラッキー!



ほぼ満員でバスが発車し10分ほどで朝のスタート駅に舞い戻ることが出来た。

まだ14時過ぎたばかりで日も高い。

このまま帰ると17時前に家についてしまいいつもたちよ例の行きつけの居酒屋へ立ち寄ることができなくなるではないか。


山爺の行きつけ居酒屋は以前は我が家の至近にあったけのだが半年前に引っ越して我が家とは反対方向になってしまった。

したがって一旦帰宅したら出かけるのは億劫となる。さればと小川町駅で途中下車し花和楽の湯なる温泉に立ち寄ることにした。

なかなかいい湯ではないか。やはり山歩きのあとは温泉だよね。それにしても今日は山に梅見に温泉にとずいぶん遊んだなあ。

その割にお金もあまりかからなかった。
やはり山歩きはよい趣味だねえと一人満足する山爺であった。

越生梅林で発句

【川柳】

・梅酒なら 大丈夫だと 気が緩み ・・・ 梅酒でも酒は酒、気を付けないと酔っ払う。
・梅林の  ミニSLに  子の笑顔   ・・・んん!これは俳句か?。
・梅も咲き 次は桜だ  酒盛りだ     ・・・イエーイ!花見といえばやはり桜が王道です。
・梅林の ここにも そこにも ミス梅干 ・・・ 元お嬢さん、今は梅干婆あが園内を闊歩。

ミス梅干って実在するのかな。・・・ネットで調べたらいないようです。ヨカッタ!。水戸と熱海にはミス梅娘というのが実在しました。なるほど梅娘は響きがいいやね。(笑)(^O^)

大高取山ハイキングと梅林散策の項・・・完

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①ここに掲載された川柳の著作権は作者(日暮道長)にあります。
③作者以外の方による無断転載は禁止で行った場合、著作権法の違反となります。

読後の感想をコメントまたはメールしていただけると幸いです









2017年2月16日木曜日

消防設備士再講習 Part Ⅱ

2月13日(月)に消防関係の国家資格の再講習を再び受講しました。今度は消火器関連資格免状更新のための再講習です。地下鉄秋葉原駅で下車し会場のそばにある有名コンビニ店で昼食と飲み物を購入すべく立ち寄ってみたら驚いた。山爺の好物サンドイッチがすべて売り切れで棚上にありません。

講習会参加者が購入していったものと思います。消防関係が250人防火管理者講習が200人位でおよそ500人くらいの受講生が押しかけているはずなので、さもありなんです。先月の受講の際は地下鉄駅そばのローカルコンビニ店で購入したので品不足現象はありませんでした。そこにすれば良かったなあ、と思ったが時既に遅し、引き返す時間は残っていません。

登山でも旅行でも手軽に食べられて喉の通りの良いサンドイッチは昼食に最適なのですが・・・おにぎりは、まだたくさん残っています。仕方なくおにぎりを購入すべく、好物の梅握りを探すが全部売り切れです。では明太子は?これも売り切れ、残っているのは昆布・鮭・漬物(高菜?)・おこわ位のもんです。山爺の好物嗜好が世間並みであることを改めて確認した瞬間でした。

おにぎり3個とジャムパン1個、お茶500mlを選んでレジへ、あらあ!レジ待ちがずらりと並んでいる。やばいゾ!時間が押してきた。やっと精算を済ませ、神田消防署の隣にある講習会場へと急ぐ。
8時45分に到着、エレベーター前は長蛇の列です。講習開始は9時からなので、残り15分しかありません。ここまで来て遅刻はないだろう。冗談じゃない。エレベーター前の係員も
『お急ぎの方は階段をお使いください』
と叫んで暗に階段で行けと指示している。いまから7階まで階段?確実性はあるけれど講習前に体力を消耗することは避けたいのでエレベータをひたすら待つことにした。2台あるうちの1台が降りてきたが満杯で乗れませんでした。少し焦って来ました。2台目に乗って講習開始6~7分前にようやく会場に到着しました。

急ぎ張り紙を見て山爺の受講席をさがす。あれえ!先月と同じで前から3番目だ。また講師のすぐ前だ、あんまり前だと講師と目があい、説明の相槌をしたり、おはよう挨拶に答えたりしなければならないのであまり好きじゃないんだけれどねえ。

今日の講習会は250名参加、先月は2~3人だった女子も今日は10名くらいいそうです。

講習開始の5分前に自分の席に着席、山爺もこれまでずいぶん長いこと色々な講習会に参加しましたがこんな余裕のない状況は初めてです。

もうあのコンビニ店を利用するのはよそう。・・といっても次は3年後くらいかなあ。別の消防資格が期限切れになるはずです。・・・・・おいおいまだ免状返納しないのかいと悪魔のささやきが聞こえます。

座ってまだ席も暖まらないうちに講習会が始まりました。


今回のスケジュールはこんな感じです。

 9:00~ 9;10 講習案内
 9:10~10:50 設備関係法令・設置基準等
11:00~12:00 行政事例等
12:00~13:00 休憩(昼食)
13:00~14:30 避難設備整備・点検要領
14:40~16:10 消火器整備・点検要領
16:10~16:35 効果測定(出題10問解答時間20分)
16:35~16:50 採点及び免状返還

びっしりと講習科目が並びます。午後から1時間30分に渡り避難設備の整備点検講習がありますが。山爺はこの資格は持っていません。持っていないのに受講させられて避難設備に関する試験も3問ほど出題されて回答させられます。なんか変なのですがいつもこうです。受講したんだから受講終了証でも発行して点検権限を与えてくれい!

私の通路をはさんですぐ横に座っている比較的若い?受講生が受講開始から終了までほとんど寝てばかりいます。おいおい、そんなに寝てばかりしていて大丈夫か?

講習過程で時々講師から『ここは大変重要なポイントですからアンダーラインなり付箋を貼るなりしてください』と、このあと行われる効果測定(試験)の出題箇所のアドバイスがあってもさっぱり起きません。大した自信です。

そんなに寝てると聞き漏らして回答に困り、今に泣きを見るぞ、と密かに楽しみにしておりました。

講習会もようやく終了しあとは効果測定を受けるのみとなりました。解答用紙と問題用紙が前から順送りで送られてきます。いつになってもこの試験の瞬間はなんかテンションがあがります。

始めの合図で試験開始、自動火災報知機の資格と違い消火器は比較的易しいので順調に回答できました。消防法令に関し1問だけが難解でしばし考慮・・んん、これは先月出題で悩んだものと同じではないか、また同じ問題で引っかかり悩んでしまいました。・

血液占いではB型気質は過去は闇で前しか見ない!・・・の通りで私は過ぎた出来事はあまり関心がありません。当然終わった問題なんか復習もしません。馬鹿だなあ!と反省です。

まあなんとか解答を終えて例の若者を見るとまだ必死に問題用紙をにらめつけ格闘中です。・・・ほ~ら、だから言わんこっちゃない。(言ってませんが)

採点も終わり免状返還です。山爺は当然クリアーですが隣の若者もクリアーです。よかったね。

今回も数名の方々が基準点に達しなくて居残り補講を受けるようです。

次回は5年後・・・もう返納かなあ?・・私より年配の方々もまだたくさん受講しているので次回も頑張ろうかなあ,・・と、複雑な心境で講習会場を後にしました。

消防設備士再講習 Part Ⅱの項・・完





2017年2月11日土曜日

鎌倉 葛原岡~高徳院大仏コースハイキング

ご同輩諸兄殿!まだまだ寒い日が続きますが2月4日(土)は暦の上で立春です。杉作!日本の夜明けは近いゾ(嵐寛寿郎の鞍馬天狗より)・・・って古いなあ。何はともあれ春はもう少しでやってきます。頑張ろうではありませんか。そういえばずいぶん日が延びてまいりました。と言う訳で。山爺にとって本年度の山行事の始まりです。

去年は天候不順という事も手伝って山歩きに関しては寂しい実績しか残せませんでした。これではいかんです。『どげんかせにゃいかん』です。・・・去年の実績は鎌倉天園ハイク・秩父天狗~破風山・七ッ石~雲取山と寂しい実績しか残せませんでした。

まあ、ここんとこ仕事もせんで寝てばかりなので体力が相当減衰しております。よって本年最初のハイキングの場所は無理なく歩け、いつでも中断して帰宅できる鎌倉のハイキングコースより選び首題のコースに決めたわけです。・・・鎌倉は去年も明月院から天園ハイキングコースを選んで歩きました。

予定は北鎌倉駅→東慶寺→浄智寺→葛原岡神社→銭洗弁天→大仏切通→高徳院(大仏)→長谷駅→鎌倉駅

のコースで寺院見学も含め4時間と見積もりました。

今回の計画に合わせ小型ザックも新調いたしました。いままで使っていた奴は今風ではなく奥行というか厚みが35cm近くもあるので荷物を適当に放り込むと団子状態になり背負うと誠に格好が悪い。収納に工夫が必要でした。

そこで奥行が浅くて20~30LクラスのものをNetで探していたところ・・・ありました。奥行15cmです。しかも値段は¥890とタダみたいな価格で送料を含めても¥1500と居酒屋1回分にも満たない嘘みたいな値段です。

これは注文しなければなるまいと早速コンビニ決済して。入荷を待ちます。まあ鎌倉行まであと10日もあるから間に合うなと安心しておりましたがなんと、入金の翌日の10時には届いてしまいました。入金後24時間も経たないうちに手に入りました。通販恐るべしです。

カッターナイフを引き出しから取り出しダンボールを開ける。何度体験してもこの瞬間はなんか楽しい。    (^0^)


出てきました注文品が。おお!色合いもミリタリー調で渋く、生地も厚くて丈夫そうです。この値段で一丁前に腰バンドと胸バンドが付いてます。これなら体にきちっとフィットし肩への負担が少なくて済みます。こんな値段で商売になるのかなあ、といつも余計な心配をしてしまいます。Netの流通関係の皆さんに最敬礼です。

m(_  _)m


さて首題のハイキングに戻ります。

いつものように我が家を早朝6:30に出発しました。最寄り駅から北千住までは私鉄でここからJR常磐線に乗り換え上野へ向かいました。上野でまたまた上野東京ラインに乗り換え一路鎌倉へ。

横浜を8:30に通過、へえ~横浜意外と近いじゃんかこれなら通勤可能だなぁ、と妙に感心してしまいました。戸塚で横須賀線に乗り換えて8:52北鎌倉へ計画通り到着しました。ここまででかかった費用 私鉄¥720・JR¥920でした。この先、帰りの交通費以外はかかりません。食料を全部背中に背負っているのだからして外食産業のお世話になる必要性がありません。

大人の趣味としては、やはり山歩きが一番安上がりなのですかねえ。え!なんだって!散歩とラジオ体操が一番だ!なんてのは守銭奴ぽくってダメだぞ。

改札を出ていつものように軽くストレッチ体操をしてから歩き始めました。まずは縁切寺として名高い東慶寺へ。

東慶寺はご存知のように女性側から離婚することが難しかった封建時代にこの寺に駆け込めば離縁出来る唯一のお寺だったそうです。(たとえ追手に門前で捕まっても草履や手荷物を寺内に放り込めばお寺側から助けが入りセーフだったとか)・・・明治4年に尼寺の歴史を閉じて現在は男僧寺となっています。

東慶寺に到着し拝観料¥200を収めて境内に入る。この寺は山
爺にとって苦い思い出のある場所でもあります。実は20代前半に一度訪れたことがあります。

誰と?ふふふ!その頃、山爺にも一丁前に一つ年下の彼女らしき人がいました。毎週のようにあちらこちらデートしまくり有頂天でした。泊まりがけのスキーや旅行なんかも(残念ながらグループの清い交際でした、ハイ!)出かけたりもしてから・・で、鎌倉デートで運命の東慶寺にも平然と参拝に訪れてしまいました。

普通まともなカップルは縁起を担ぎここへは近づきません。山爺も縁切寺であることは知っていましたが、2人はこんだけ仲がいいのだから大丈夫と変な自信がありました。それから半年後、山爺は、何も思い当たる節はないのですが彼女が徐々に距離を置くようになり、とうとう疎遠となってしまいました。考えてみたら歴代多くの不幸な女が暮らした場所です。嫉妬の怨念が渦巻いていたのでしょう。祟られてしまったようです。若い皆さん。絶対カップルで訪れては駄目ですよ。ひどい目に遭うよ。・・・逆に別れたかったらおすすめポイントです。怨念渦巻く女の執念により直ぐに・・んん!駄目かな?二人が不仲ならそのままにされちまうか。
  (´▽`*)アハハ

山爺の本音を言うと当時も今も20代そこそこの男なんてまだ子供同然、結婚なんて頭の隅っこにあるだけです。一方女にしてみれば完全な大人、この辺の食い違いで見限られたのが原因だと思っていますが・・トホホの苦い思い出です。 (´Д⊂ヽウェェェン

閑話休題、

寺に入ると既に梅が咲いておりました。ここは山間に建てられたお寺です。まだ朝方なので日差しが入り切れていません。こんな状態ですが高級カメラをぶら下げたおっさん達(俺もだ)4~5人がシャッターを切っている。この条件ではいい写真なんか撮れまいに、と思いつつ山爺もパチリ・・山爺はブログ掲載用だからどうでもよろしいのだ!。









境内を3~40分ほど散策、水仙や椿も綺麗に咲いていました。春はもうすぐだ。






次は浄智寺に向かいます。

浄智寺は初めての訪問です。創建は13世紀の終わり頃です。正式には臨済宗円覚寺派金宝山浄智寺と言います。・・うわあ長い、落語の寿限無だよ!

長い階段を登り山門に到着、やはり拝観料¥200を払い境内に入ります。


左の建物は南北朝時代の創建のお堂です。歴史を感じますねえ。







右の画像はよくわかりませんが偉い人なのでしょう。多分!






 三角コーンまで仏様のお顔が付いています。うへ~ぇ!もったいなや、ありがたや、ありがたや。  m(_  _)m
 右の画像は横井戸という珍しい井戸です。山の多い鎌倉は横穴を掘るとこうして水が出たのでしょうね。便利だね、井戸の手入れも簡単で済むし。
仏様が朝日に映えて芸術的な絵が撮れました。南無まん陀仏!・・あれ臨済宗は何て唱えるんだっけ。









【山爺の一口メモ】

臨済宗は般若心経です。でも南無!はどの宗派でも使う、仏様への呼びかけで語源は梵語(サンスクリット)のnamasから来ております。意味は身命を捧げて服従し、おすがり致しますの意味ですから、今、巷でナマステ(こんにちは)と気軽に使っているが本来は大変意味の深いお言葉なのであります。南無阿彌陀仏!。





どうもお寺巡りをしていると時間の過ぎるのが早い。先は長いので浄智寺を辞して先を急ぎます。

浄智寺の左側の小道を登ると目的の葛原岡ハイキングコースに着きます。右画像は普通?個人宅の門です。さすがは鎌倉で誠に風情があります。こんな家に住める人がうらやましい。

ここからは山道です。鎌倉のハイキングは古都散策と山歩きの両方が楽しめるので実に楽しい。ただ惜しむらくは人里離れたというわけには行かず、山中であっても車の音や人の声がしょっちゅう聞こえてくることと、携帯コンロを使えない?ことにあります。

山歩きでコンロが使えないと昼食や喫茶が制限され食べる楽しみがぐう~んと低下します。せっかくの携帯コンロですが今回はお荷物となってしまいました。
 次の目的地葛原岡は後、300m、あっという間に到着です。

ここ葛原岡神社は後醍醐天皇の忠臣日野俊基公を祀った神社であります。建武の中興に功績のあった人ですが倒幕計画が漏れてこの地で斬首されたあわれなご仁です。

【山爺の一口メモ】

建武の新政・・山爺らは建武の中興として日本史を習った。

1324年、後醍醐天皇は天皇親政を目指し鎌倉幕府の打倒を画策します。後醍醐天皇の命により日野俊基は諸国を巡り反幕勢力を募りますが事前発覚、この天ちゃん一度は許されますがこれに懲りず1331年にまたも打倒鎌倉幕府を計画しましたが、またもや事前発覚し、ご本人は隠岐の島に島流しとなり、日野俊基は捉えられ鎌倉葛原岡でかわいそうに斬首と相成りました

俊基の辞世の句

秋を待たで葛原岡に消える身の露のうらみや世に残るらん

時は過ぎて明治20年。明治天皇が俊基の功績を高く評価しこの神社を創建したんだそうな。右の画像が終焉の場所です。・・って高札に書いてあります・・ここで首切られたんかなあ。ひえぇ~だね。

現在では縁結びの神としてご利益があるということで今日も若いカップルが何組か訪れていました。

右画像の石は縁結び石で丸っこいのが女石、とんがっているのが男石です。うん!男石ご立派、さもありなん。です。はい!。

私も昔々鎌倉デートした時に、東慶寺なんか行かないでここに来ていたら人生変わっていたんかなあ。・・・と今頃回想に耽る山爺でありました。・・航海先に行かず、危ない!です。んん!違うか。
   (´⌒`。)グスン。
それにしても非業の最期を遂げた人物を祀った神社が縁結びなんかいな。訳が分からないね。



ここを150m下ると、かの有名な銭洗弁天があります。創建は1185年というから。鎌倉幕府が開かれた年です。

右画像の洞窟を抜けた反対側に神社があります。

【山爺の一口メモ】

山爺たち熟世代は源頼朝が鎌倉に幕府を開いたのは1192年(いいくに作ろう頼朝さん)と学校で教わったが、歴史学者によればこれは頼朝が朝廷から征夷大将軍の宣下を受けた年であり頼朝はもっと前に政権を奪取しているはずとされてます。

1185年平家が滅亡、後白河法王はあまりに強大な力を持った頼朝を恐れて、源義経を手懐け、頼朝追討令を宣下します。その結果はご存知の通りで頼朝が逆に勝利します。さらに後白河法皇に強談判し諸国の守護地頭設置権限委譲を迫ります。
現在では1185年が鎌倉幕府開府年とされているようで、学校でもそう教育している。いい箱、作ろう頼朝さんと語呂合わせが変わりました。ご同輩!恥かかないように覚えてね

ここは拝観料は取られませんが、ザルとロウソクを¥100で販売(ザルは貸出)しています。


この洞窟(画像)でザルにお金を入れて洗えばなんと後日、何倍にもなってお金が戻ってくるとされています。洗ったとたんに増えたら凄いのにねえ。Mrマリックが腰を抜かすわい。
  (´▽`*)アハハ

本当に何倍にもなるのならザルの貸賃料1万円でも山爺は借りますがな。ここから億万長者が出た話も聞かないのでお賽銭を些少、奉納して勘弁していただきました。


ここも若い時一度訪れています。もちろん、あの彼女とカップルで。・・・えへへ(^┰^;)ゞ

あの時は銭洗ったかなあ。10万円も洗っとけば今頃小金持ちに!・・ないなあ~だから多分洗わなかったんだあろうなあ。

小さいながら綺麗な滝も流れています。なかなか風光明媚なところでで多くの人で賑わっていました
 一旦、葛原岡まで坂道を引き返し、再びハイキングコースに入ります。眼下に由比ケ浜が見えてきました。









右大仏へ左は住宅地という道標がありました。
片方が住宅地と言うのがいかにも鎌倉ハイクらしくって笑えます。

 おお!結構急な道になり、山らしくなりました。

今日の山爺はダウンのコートを着ているので汗が出てきましたが、ザックが小さいので収納できません。








一丁前に鎖場がある危険なところもあります。

正月明けのなまくら身体の訓練にはちょうどいいハイクになりました。








 途中、ハイクコースから150m(もっとあるなあ)ほど外れたところに国の史跡大仏切通があるので立ち寄ることにしました。なんせ歴史上有名な鎌倉の切通しです。

特に大仏切通は鎌倉幕府滅亡時新田義貞軍と北条軍が激突した古戦場でもあります。見逃す訳には参りません。

場所まではきつい登りもあるので結構疲れます。














切通に到着です。・・なんか今一だなあ。・・・と思いここで引き返したのがまずかった。

ここからさらに下ったところに迫力ある切通があったのです。



こら!鎌倉教育委員会の皆さん?こんなところに看板立てるんじゃないよ。もっと下だろうが下!


今回は見損ねましたが本当はこんな迫力ある地域(右画像)があります。看板に騙されてしまいました。

鎌倉の古道は鎌倉7口といわれているので次回は切通しシリーズで歩いてやろうと思いついた山爺でした。








長い石段を降りて騒音漂う車道に出たところで本日のハイキングは終了となりました。時計は11時を回っております。

この車道を左に曲がり下ってゆけば露座の大仏がおわします高徳院があります。






ほどなく高徳院の仁王門に着きました。土曜日なので観光客でいっぱいです。



吽(うん)形像・阿(あ)形像、1対の仁王様がお出迎えです。・・画像は吽形像です。



後で調べたらこの仁王門は18世紀に別の場所から移築されたもので鎌倉時代の創建ではないようです。



いました・いました、鎌倉の大仏様と久方ぶりのご対面です。小学校6年の時だったと思うのですが。・・・あれからいたずらに悠久の時が流れてしまっています。

寅さんのセリフではありませんが。『私、今はただ反省の日々を過ごしておりますればどうかお許しくださいませ。』。です、はい。

【山爺の一口メモ】

正式名称は阿弥陀如来坐像、台座を含めた高さは13.35m・重量121t
(奈良の大仏は18m・重量250tだから奈良の圧勝)
1238年着工、6年後完成、当初は木造で作ったが大風で倒壊、1252年に今の青銅大仏となった。最初は大仏殿の中に鎮座していたが1498年の津波で大仏殿が流されてから宿無しで露座の大仏となりました。・・やはり津波ここまでくるんだ。

この大仏様、よくよく見ればなかなかのイケメンではありませんか。

歌人、与謝野晶子もこんな句を詠んでいます。

『かまくらやみほとけなれど釈迦牟尼は美男におわす夏木立かな』 ・・境内の裏手に歌碑があります。

さすがは晶子ちゃん。男には目がないねえ。

『柔肌の熱き血潮に触れもみでさびしからずや道を説く君』・・とか、なんとかて言って口説いても相手は大仏様なので修行が出来ており無言(笑)

ここで私も一句浮かんだので本文の巻末に掲載致します。

この大仏は中にも入ることが出来ます。拝観料今時¥20って安い。鎌倉大仏偉い!

只同然の拝観料¥20を支払い中へ入る。ちゃんと料金係が一人いたが儲け出ないのではと余計な事を考える山爺であった。

中は意外と明るい。明るいはずで背中に明かり取りのための窓が付いています。

大仏の中です。丸い穴は大仏の首の部分です。
鋳物を鋳込んだままの状態がよく観察できました。

すっかり歴史観光をさせていいただきました。これで拝観料¥200とはありがたいことであります。南無阿彌陀仏・南無阿彌陀仏。  m(_  _)m

さてここからは鎌倉駅まで約2km、江ノ電の長谷駅まで約900mどちらに行っても、たいして変わりません。古都散歩がてら鎌倉駅方面を歩くも良しですが。江ノ電に乗ったことがないの長谷駅まで歩いて江ノ電経由で鎌倉駅から帰宅することにしました。

都内にもどり秋葉原界隈で時間をつぶし20時過ぎ最寄り駅までは取り合えず無事に戻ることが出来ました。

時間調整の訳は我が家とは反対方向にある行きつけの居酒屋に立ち寄ることにあります。

荷物を背負い、居酒屋ののれんをくぐりマスターに鎌倉行きを報告すると傍らに座っていた婆さんがいきなり、話しかけてきた。
『一人じゃつまらないでしょう』
『いや、一人の方が気楽でいいよ』
『ここきれいだね、と言う相手がいるから出かけると楽しいんだよ、一人は駄目だよ』

なにを言うかこの酔っ払いババアめ、と不愉快になる。どうせお前は他人の迷惑顧みず金魚の糞よろしく人の後をトコトコ付いて行くだけで一人旅の良さなんか永遠に分かるまいと独酌しながら一人ごちた。  

鎌倉大仏を拝観して発句

【川柳】

・柔肌に 触れもみで 12も子を設け・・・鉄幹との間に12人の子がいた。
・鉄幹は 晶子逃れに 道を説き   ・・・こう毎晩ではたまらん!。
・鉄幹は 道説き晶子 帯を解き   ・・・(゚д゚lll)
・詩歌より 鉄幹得手は 色の道   ・・・生徒や弟子に手を出しまくる色魔だったとか。
 
**いやあこの2人の下ネタならいくらでも句が浮かぶ。(≧∇≦)ブヒャヒャヒャ

【都々逸】

・すわり小便 大仏すれば 江ノ電、流れて 大迷惑  

鎌倉 葛原岡~高徳院大仏コースハイキングの項・・完

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